第109話

「わはは! いやー痛快やったなあの山田の顔!」


「一番下の難易度とはいえやりすぎたわね、おかき無双だったわ」


「たぶん本来は低学年層向けですよあれ、ところで景品の忍愛さんブロマイドセットいります?」


「あっ、来た来た。 3人ともお疲れー」


「交代ヨロー、てか満喫してきたね」


 忍愛の出し物を蹂躙したおかきたちは自分たちの持ち場、つまり旧校舎へとやってきた。

 おかきの両手には多くの出店で手に入れた景品や食料が抱えられ、どれおほど学園祭を楽しんできたのか一目でわかる。 心なしか表情もホクホク顔だ。


「おかき、メイク手伝うで。 1人じゃ大変やろ」


「助かります、まだ化粧は慣れていなくて……」


「私たちもすぐに着替えてくるわ、売り上げはどう?」


「外見てきたっしょ? ぼちぼちって感じ、やっぱ場所が問題かなー」


「うーん、決して客足が悪いわけやないけどなぁ」


 おかきたちも旧校舎に入る前、表の様子は確認してきたが決して悪い手ごたえではなかった。

 たしかに客足の伸びは悪いが立地を考えればむしろ上々、事前に甘音たちが宣伝に力を入れたおかげだ。


「上位勢と戦える自力はあるのよ、問題は客足。 私たちの宣伝より力のある起爆剤さえあれば……」


――――――――…………

――――……

――…


「さあやってまいりました赤室学園祭! まるでテーマパークに来たみたいでテンション上がるな~~!!」


「元気だなお前は……おじさんはもう電車に揺られすぎて腰がいてえよ」


 赤室学園祭初日、唯一学園と外を繋ぐターミナルから多くの人間が急ぎ足で降りる中、一人の女性が歓喜の声を上げる。

 彼らは皆記者やマスコミなどの報道関係者であり、2日間の学生開放期間中に立ち入りを許可された唯一の人種だ。

 もちろん両手を上げて喜びを表す女生と、無精ひげとグラサンを装備した壮年の男性もまた記者だった。


「どこ行きますかヤマさん! 観覧車からジェットコースターまで揃っていますよ、すごい!」


「マジもんのテーマパークじゃねえかよ、つーか俺たちは遊びに来たわけじゃねえからな?」


「わかってますよ。 謎多き赤室学園、そのお祭りに関する取材ですよね?」


 グラサンの男、虎山とらやま 勝次かつじは自らの相方に釘を刺す。

 しかしパンツルックの女性、雉谷きじたに 文野ふみのは浮つく気持ちが先行してあまり話を聞いていない様子だ。

彼女はまだ入社1年目の新人で今回の大仕事に浮かれている。 ゆえにベテランである虎山はお目付け役として同行を命じられていた。


「はぁー、お前が遅刻してなきゃ朝の特急便使って今ごろ仕事も終わってたはずなんだけどな」


「うっ、その件は申し訳ありませんでした……だって昨日から楽しみで」


「おう、悪いと思ってんならちょっと付き合え。 最初に取材する店は俺のチョイスに従ってもらうぞ」


「え゛っ!? わたし忍者屋敷行きたかったんですけど……」


 文野はもごもごと文句を口にするが、遅刻した負い目があるので強く出ることはできない。

 大量の赤マルと付箋を貼りつけたパンフレットをバッグに収め、しぶしぶと虎山に従うのだった。


「けどヤマさん、どこ行くんですか? そっちは大通りから外れますけど」


「先週パラソル製薬の取材行ったときにな、そこの社長さんから頼まれたんだよ。 可愛い孫の店に一度寄ってはくれねえかってな」


「えー、えこひいきですか? そういうの良くないと思いまーす」


「俺はただお願いされただけだよ、それに出来が微妙なら無理して記事にしなくていいとも言われたしな」


「もしそのお孫さんの出し物が微妙だったらどうするんです?」


「悪くは書かねえが……まあ当たり障りなく書いて見出しは別の記事にするだろうよ」


「ヤマさん悪い大人だ、それでどんな店なんですか?」


「お化け屋敷のコンセプトカフェだってよ」


「うわー微妙そう」


 話を聞く限りはただの孫びいきにしか思えず、この時点で文野の期待は低かった。

 せいぜいハロウィンじみたコスプレをした店員が接客してくれるカフェ、その程度の認識だった。


――――――――…………

――――……

――…


「いらっしゃいませ、ようこそ“旧校舎”へ」


「わ、わぁ……」


 期待値の低さは、まず店構えによって打ち砕かれた。

 目的地にあったのは鬱蒼した森林の中に佇む朽ち果てた校舎、この時点で雰囲気は抜群である。

 店員も薄っぺらいコスプレではなく、ハリウッド級の特殊メイクで作られたのっぺらぼうの男子が2人を出迎える。 喋っている際にもメイクの継ぎ目が分からないほど精巧だ。


「2名様でよろしいでしょうか? 今なら10分ほどお待ちいただければ校舎内へご案内できますが」


「あー、悪い。 コンカフェって聞いてたんだが結構本格的なアトラクションだったか?」


「いえ、当店はカフェとお化け屋敷の2つをご利用できます。 カフェスペースだけでしたら今すぐにご案内も可能ですが」


「なら俺は先にカフェで待ってるから文野、お前はお化け屋敷の取材を任せた」


「えっ!? ちょっとヤマさん、そりゃないですよ!!」 


「俺ぁ腰が痛いんだよ、それに分担したほうが効率的だろ? んじゃ任せたぞ、イテテテ……」


 すばやく言い訳を並び立て、虎山は腰をさすりながらカフェへ移動していく。

 反論を述べる暇もなく取り残された文野はその背中を追うわけにもいかず、のっぺらぼうと2人きりで残されたのだった。


「……では説明を続けてもよろしいでしょうか?」


「はい、お願いします……クッソーヤマさんめ!」


「では、お客様にはこれから旧校舎に閉じ込められた中で脱出を目指してもらいます」


「へー、なるほど……」


 のっぺらぼうの説明を要約すれば、旧校舎を舞台にしたリアル脱出ゲームのようなものだ。

 プレイヤーは肝試しのために旧校舎を訪れたが、玄関に入ったとたんに扉が閉まり出られなくなる。

 幽霊が現れる校舎内を探索しつつ、無事に脱出できればクリアだ。


「制限時間の超過、またはお客様のギブアップ宣言ですぐにスタッフが駆け付けます。 なにかご質問などはございますか?」


「えーっと、そうですね……脱出に成功するとなにか特典とかありますか?」


「もしお客様が旧校舎の脱出に成功した場合、その手に“カギ”を持っているかと存じます。 その際にはカフェにてカギを提示していただければ会計が半額になるサービス中です」


「へー、思ったより上手くできてるな……」


 ちぐはぐなコンセプトを組み合わせたお遊びと捉えていたが、ここで文野は考えを改める。

 カフェ単体でも満喫できるが、お化け屋敷を通過したほうがお得な造り。 おまけに店員のメイクからして校舎内の完成度も期待できる。

 すでに低かった期待値は反転し、文野はこの出し物を楽しんでいた。


『前のお客様がカフェに移動しましたー、次入れまーす』


「了解しました。 ではお客様、足元が暗くなっておりますのでお気を付けください」


「は、はい!」


 のっぺらぼうの少年がゆっくりと入口の扉を開けると、まだ明るい時間帯だというのに真っ暗闇の玄関が文野を迎え入れる。

 首筋に感じる悪寒は決して秋空の寒さだけではない。 上ずった声で返事をした文野は、恐る恐る最初の一歩を踏み出した。

 彼女は知る由もない、そして今後一生気づくこともない、まさかこの校舎に本物の幽霊が住み着いているとは。


 ゆえに雉谷 文野は今日この日、人生で最高の恐怖と後悔を味わうのだ。

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