第108話

「藍上おかき君! おお、我らが舞台を彩る花形よ! 迎えに来たよ!!」


宝華たからばなさん……もう学園祭も始まりますよ?」


 晴れて迎えた学園祭初日、おかきの朝はこの雲一つない空とは対極的に落ちくぼんだものだった。

 朝食を取るために食堂へ向かおうと扉を開けた先に立っていたのは宝華 ロスコ。 演劇部の部長であり、以前からおかきをスカウトしていた女生徒だ。


「なによ朝からうるさいわねぇ~……げっ、ロス子」


「おお、麗しきシンデレラ! いや、天笠祓君! 今日も美しい髪だ、舞台照明が良く映えるだろうね!」


「あーそりゃどうも。 おかき、またあんた絡まれてたの?」


「ええ、何度も断ったはずなのですが」


「あきらめないとも! たとえこの身が聖火に焼かれようとも!」


「いちいち芝居がかって疲れるのよねこいつ」


 アメリカとのハーフであるロスコは目鼻立ちが整っており、異性より同性からの人気が高い。

 さらに金髪とマントを装着した歌劇衣装は、寝起きで見るには胃もたれするほど目にうるさかった。

 

「宝華さん、何度も言いますが私には無理です。 そもそも演劇の経験すらない上にぶっつけ本番なんてできませんよ」


「安心してくれ、君のセリフはほとんどない! ヒロインとして舞台に立ってくれるだけで構わない!」


「あいにくうちのアイドルはそんな暇じゃないのよ、放っといて行くわよおかき」


「待ってくれジュリエッタたち!!」


「うっさいわねこのロミ子!」


「甘音さん、ロスコさんですよ」


「どっちでもいいわよー! おかき、学生が遊べるのは2日しかないんだからとことん楽しむわよ!」


――――――――…………

――――……

――…


「おぉー……すごいですね。 花火が上がってますよ、風船も」


「毎年こんな感じよ。 学園祭が始まったって気分になるわねー」


 朝食を終えて外に出ると、ちょうど学園祭開始を知らせる花火と風船がポンポンと空に打ち上がっていく。

 見慣れてきたはずの景色は祭りの装飾が施され、まるでテーマパークのような彩りだ。

 道行く学生たちの目は輝き、スマホに追加されたマップアプリを眺めながらどこを巡ろうかと思案している。


「私たちの店番は午後からよ、今のうちに遊び倒しましょう!」


「そうですね、ではまずはどこから行きましょうか……」


「へいへいそこのお二人さーん、寄ってらっしゃい見てらっしゃーい……って、新人ちゃんとガハラ様じゃん」


「あら山田、今日はずいぶん古めかしい格好してるじゃない」


「山田言うな。 まあボクはどんな服でもカワイイけどね!」


 看板片手におかきたちへ声をかけてきたのは、ピンク色のシノビ装束に身を包んだ忍愛だ。

 たしかに彼女は元々忍者をモチーフとしたキャラクターだが、ここまで忍者らしい格好をするのは珍しい。


「ガハラ様たちって今ヒマ? ならボクらの店来てよー、サービスするよ?」


「忍愛さんたちのクラスは何のお店を開いているんですか?」


「効いて驚け、校舎まるまる使った風雲・忍愛ちゃん城!」


「風雲・忍愛ちゃん城」


「要するに忍者屋敷ってことね、がら空きの校舎を使うとは考えたじゃない」


 皆が皆良い立地を狙えば、自然と校舎からは生徒が離れていく。

 裏を返せば競争相手がいない広大なスペースだ、うまく活用できれば化ける穴場となる。


「松・竹・梅の難易度で校舎の屋上を目指してもらうよ、見事たどり着いたら豪華景品!」


「忍愛さんが担当しているなら本格的な忍者屋敷でしょうね。 楽しそうです」


「そうね、興味あるからあとで立ち寄るわ。 怪我だけはしないようにねー」


「あいあーい、こっちもお昼ご飯食べに行くから安くしてねー」


 互いに宣伝を交わしながら朗らかに分かれる……ように見えるが、油断してはいけない。

 この学園祭はAPがかかった商売勝負、去り行く忍愛を見つめる甘音の視線はライバルへとむけられる熱がこもっていた。


「校舎をひとつ使った壮大なアトラクション施設か……盲点だったわね、こりゃ負けられないわ」

 

「私たちも今回の予算に相当APつぎ込んでますからね、回収できないと大赤字ですよ」


「わかってる、後でみんなと情報共有して敵情視察するわ」


 クラスLINEに忍愛のことを周知した甘音は、次にマップアプリを開いて校舎に赤マルを印す。

 記念すべき要チェックリストに書き加えられた最初の店舗だ、他にも勝たなければならない店はわんさかある。


「悪花さんの店も気になりますね、彼女の能力を考えると相当な脅威です」


「あいつの店なら毎年同じよ、私たちと同じ飲食店。 何の捻りもないシンプルな直球勝負よ」


「それはなんというか……思ったより大人しいチョイスですね」


「ただし全知ですっぱ抜いた名店の門外不出レシピを使っているわ」


「性質の悪い不正」


「1位は取れないけど約束されたクオリティで上位をキープする一種のボーダーラインよ、あれを超えなきゃお話にならないわ」


「強敵じゃないですか、大丈夫ですかね私たちのカフェ……」


「クオリティなら負けないと思うけど……って違う違う、今は遊ぶフェイズよ! まずはあっちの店行きましょ、ジェットコースター将棋やってるらしいわ!」


「甘音さん、それ見えてる地雷では?」


 つい商売のことを考えてしまう頭を振り払い、甘音はおかきの手を取って走り出す。

 学生が遊べる時間はわずか2日、自分たちの店を切り盛りする時間を考えればもっと短い。 今は遊ぶことだけに集中するべきなのだ。


 ちなみに忍者屋敷はウカを連れて挑戦し、おかきがカラクリのほとんどを看破めぼしして忍愛を泣かせた。

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