第107話

『へー、久々に連絡してきたと思ったら学園祭ねえ?』


「いらないならほかの子に譲るけど」


『いるいるいる、ってかマジでほしいから譲んないでお願い』


「素直じゃないなあ」


 寮のベランダで冷たい夜風に髪を梳かれながら、おかきは電話越しで聞く姉の軽口に笑みをこぼす。

 カフカと化し以前の交友関係が使えない今、チケットの譲り先など1つしかない。 だからおかきは懇願されずとも彼女に譲るつもりではあった。


「じゃあ学園の窓口から郵送するけど住所は変わってないよな?」


『引っ越す余裕なんてありませーん。 しっかしアナログなんだね優待券、もっとQRコードとかでスマートなもんだと思ってたけど』


「一周回ってこっちの方が偽装されにくいらしい、実物見ればわかるけど紙幣より難しいかもしれないぞ」


『なにそれこわい』


 毎年チケットは学生が試作し、当日まで学外にデザインは一切漏らさない徹底ぶりだ。

 それでも毎年偽装チケットが出回り、その多くが看破されるのが赤室学園の常だ。

 おかきも準備する側になり、初めてその意味が理解できた。 この学園祭の注目度はそれだけ高いのだ。


理事長が集めた選りすぐりの人材たちが趣味の限りを尽くしたお祭り……その筋の専門家からすれば垂涎ものでしょうからね」


 おかきも甘音から薬学部の出し物を聞いたから知っている、あれは医学会に提出するような研究内容だ。

 青田買いを狙う研究者やコネクションを繋ぎたい人物も大勢いるだろう、だがヘッドハンティングを企む専門家ばかりが集まっても祭りは盛り上がらない。

 学生の家族や友人が楽しむためにも、優待券は必要であり偽装防止もまた必須なのだ。


『……ねえ、雄太』


「ん? どしたの姉貴」


『いや、なんでもない。 学園祭は絶対行くから、有給とって待ってる』


 少しだけ声の調子が落ちた姉との通話はそこで打ち切られる。

 違和感を感じながらも理由は分からない、名探偵も女心はお手上げだ。

 おかきは首をかしげながらも、解けない謎を保留してうすら寒いベランダから室内へと引き返した。


「おかき、通話終わった? お姉さん来るって?」


「ええ、有休を取ると張り切ってました。 甘音さんにも紹介できそうです」


「おかきのお姉さんねえ、なんか想像つかないわー……というか、身内だとあんな話し方になるのね」


「え? ああ、キューさん曰く雄太の部分が表に出てくるらしいですね」


 おかきにとってあまり意識していないが、姉の陽菜々と話すときと甘音たちへの話し方は大きく異なる。

 普段は小動物のように見られている少女が、荒々しい口調と振る舞いで話し出すのだ。 普段のおかきを知るからこそ驚きは大きい。


「ふーん……ねえ、私には今みたいに話してくれないの?」


「すみません、ほとんど無意識なので難しいです」


「そ、そうなんだ。 まあ別にちょっと気になっただけだからいいんだけど……」


「……?」


「あーもー気にしなくていいわよ! そろそろ食堂行くわよ、みんなが待ってるわ!」


――――――――…………

――――……

――…


「おー来たかおかき。 こっちも準備できとるで」


「おお、これは壮観ですね」


 おかきが甘音とともに寮の食堂へ足を運ぶと、テーブルに並べられた様々な料理の湯気と香りが出迎えてくれた。

 食堂にはエプロンを装着したウカたち料理人のほかに、腹を空かせた生徒たちも集められている。

 そう、今夜は学園祭に出すメニューを決めるための重要な試食会が開かれるのだ。


「しかしずいぶんたくさん作りましたね、食べきれますか?」


「安心しとき、豊穣の神うちの目が黒いうちはお残しなんて許さんわ。 なあみんな?」


「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」」


「おかき、食べ盛りの男子を嘗めない方が良いわよ。 あいつら放っておけば炊飯ジャーごと食らいつくすから」


「若いっていいなぁ」


 おかきも自分の学生時代を思い出してしんみりした顔を見せる。

 藍上 おかきの胃袋では難しいが、たしかにあの頃はいくらでも食欲がわいてきた記憶がある。 むしろこの程度の食糧では足りないかもしれない。


「はいはい全員下がって下がって、できるだけ多くの種類を食べてほしいから一皿丸ごと食い尽くしちゃダメよ?」


「おっ、やってるやってる。 ねえねえボクも試食会まぜてー!」


「おう山田、料理1つにつきこの原稿用紙10枚以上に感想まとめるなら参加してええで」


「ボクだけ参加ハードル高くない?」


「別に好きに食べて行っていいわよ、隠すもんでも隠しきれるもんでもないし。 それじゃ全員手は洗ったわねー、いただきまーす!」


「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」


 甘音が手を合わせると、周りの生徒たちも各々好きな料理に箸を伸ばす。

 まるでちょっとしたビュッフェ形式だ。 おかきも遅れまいとテーブルに近寄るが、飢餓で殺気立つ男子たちに阻まれてうまく料理にありつけない。


「うおおおおお肉!! 肉ゥ!!!」


「米米米米米米米米米米米米米米米!!!!」


「タンパク質ゥ!!!!」


「正気を失ってる……」


「おかき、そのエリアは諦めてこっち来なさい。 ほら、代わりにいくらか選んでおいたわよ」


「おお、ありがとうございます甘音さん」


 おかき手招きする甘音から、色とりどりの料理が取り分けられた大皿を渡される。

 一口サイズのおにぎり、ローストビーフ、カルパッチョに杏仁豆腐と内容も多種多様だ。


「これ学園祭用のメニューですよね、生ものは大丈夫なんですか?」


「多少制限はあるけど問題ないわ、ダメなら試食段階で弾かれるし」


「まあそうですね……わっ、美味しい」


 なんとなく口に放り込んだ握り飯に味に驚愕する、塩だけで握られたシンプルなものだが米の質が非常にいい。

 口の中でほろりと崩れ、嚙めば香りと甘みが口の中に広がっていく。 

 特に凝った味付けがあるわけでもないが、このおにぎりだけでもパクパクいける味わいだ。


「いや本当に美味しい、これどこの品種ですか?」


「ん、うちが育ててうちが握ったやつやなそれ」


「まさかの自家製」


「ウカが握るとほんと美味しくなるのよね、理不尽だわ」


 豊穣の神が握ったおにぎり、試食会で消費するにはあまりにも恐れ多い逸品だ。 それでもつい摘まんでしまう。

 いや、おにぎりだけでなくほかの料理も例外なく美味しい。 ウカだけでなく、調理に携わった者全員の腕がいいのだ。


「おかき、まだお腹いっぱいになるには早いわよ。 ほかにもまだまだ料理はあるんだから」


「甘音さん……食べ過ぎると太りまぎゃふんっ」


 美味しい料理と一緒に、手痛いゲンコツも喰らったおかきだった。

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