第106話

「わー雰囲気あるー!」


「ここってたしか実際出るって聞いたことあるけど」


「うちの友達も夏休みにさあ」


「おかき、大丈夫なの? だってこの旧校舎って……」


「大丈夫ですよ、あの人が簡単に見つかるような秘密基地を作るはずがないですから」


 なにもおかきが考え無しに、クラスメイトに旧校舎を紹介したわけではない。

 宮古野が目をつける前から旧校舎には霊が出るという噂があった、好奇心旺盛な生徒が肝試しに挑まないはずがないとおかきは踏んでいた。

 なにより前日に宮古野とテレビ通話を繋いだ際、彼女は旧校舎で何らかの機械工作を行っていた。 あれは秘密基地の隠蔽性能を上げるための整備作業だったのだ。


「それにちゃんとユーコさんにもアポを取ってあります、危ない時は我々でフォローしましょう」


『うっすっすー! 旧校舎の主として秘密は守って見せるっすよ!』


「なーんか心配だわ、最悪の場合は頼むわウカ」


「うちの幻覚もそこまで万能ちゃうけどなあ」


「そこのガハラ様たちー、ブツブツ喋ってると置いてっちゃうよー?」


「ああもう、今行くわよー! ほら2人とも、私たちついて行かないと万が一があり得るわよ」


「そうですね、気を引き締めて参りましょう」


「しっかしおかきも肝座っとるなぁ、うちなら思いついても提案せえへんわ……」


――――――――…………

――――……

――…


「おぉー、中は結構綺麗じゃね?」


「うんうん、ちゃんと掃除すれば行けるかも!」


「校舎まるまる使えるならカフェと併設しても余裕でスペース余るっしょこれ」


「良い場所見つけたねおかきちゃん、グッジョブ!」


「恐縮です」


 旧校舎内を一通り探索した生徒たちの手ごたえは十分だった。

 見た目こそ古いが、築年数はほかの校舎と大差なく、そのうえSICKによる手も加わっているため内装はそこまで老朽化していない。

 多少埃っぽさはあるが、それも皆で念入りに清掃すれば改善できる問題だ。


「だけどやっぱり衛生面は問題ね、徹底的な除菌・抗菌も必要になるわ。 埃の一欠けらも残さずふき取るわよ」


『いやー綺麗になるのは嬉しいっすけど、綺麗にしすぎるのはどうなんすかね?』


「飲食店を開く以上はどうしても避けられん問題やな、配置はどないする?」


「そうね……お化け屋敷コースの奥にカフェを置きたいわ、それとカフェ直通の別入り口も用意しましょ」


「ガハラ様、それじゃお化け屋敷意味なくない?」


「カフェと需要が異なるから問題ないわ、それとお化け屋敷を踏破したら割引チケットを提供するようにしましょ」


 テキパキと指示を出しながら準備を進めていく甘音、パラソル製薬社長である祖父から教え込まれた経営手腕を惜しみなく発揮している。

 さりげなく皆を秘密基地に繋がる隠し通路から遠ざけているのもさすがだ、これで設営場所の問題はほぼ解決したと見て間違いない。


「カフェはメニューの準備を優先、お化け屋敷部分は素材を生かしつつクオリティを高めていきましょう。 私は一切かかわらないからそこんとこ頼むわよ」


「ブレへんなぁお嬢」


「しょうがないじゃない私じゃフェアな判定できないんだから! それに立地も問題だから私は宣伝に力入れるのよ、ふんっ!」


「たしかに中央校舎からは少し離れていますからね」


 路面電車も通っているため、交通の便自体は悪くないが僻地であることは否定できない。

 周囲に活気がなければ当然来客の機会も少ない、事前の根回りが悪ければ閑古鳥が住み着くことになる。


「学園祭は5日しかないんだからね、いくら中身が良くてもスタートダッシュが悪ければ致命傷よ」


「十分長くないですか?」


「学生開放期間が2日、一般開放が3日やな。 数少ない外から人が仰山入ってくるイベントやから人気あるんやで」


「そういえば以前にテレビか何かで観たことあるような……」


 早乙女 雄太だったころの記憶に、うっすらと赤室学園の学園祭を映したニュースがよぎる。

 とはいえかつてはあまり興味もなく、なんとなく視界に入った程度の情報しか覚えていないが。


「……けどそれだけ外から人が入るなら、トラブルは起きないんですか?」


「ほぼ100%おきるで」


「起こるんですか」


「去年はテロリストが乗り込んでサバゲー部に鎮圧されたわね、あと裏・赤室学園を名乗る不審者と真・学園長を名乗る不審者と二宮金次郎を名乗る不審者」


「テロリストぐらいはもう慣れたよねー」


「だいたい運動部か風紀委員か先生たちにシバかれて秒で退場だし」


「せや、あれってもう配ったんかお嬢?」


「おっとそうだった。 おかき、これ」


 甘音が手提げから取り出したのは、厚めの紙で作られたチケットだ。

 切り取りやすいようにカットラインが引かれた紙面には、紙幣のような細かい模様とホログラムインクによる加工も施され、「赤室学園祭優待券」とはっきり刻印されている。


「……えーと、まずこれは?」


「学園祭の優待券よ、全学生に配られることになってるわ。 外の友人や家族を呼ぶためにね」


「なるほど、次にこの表面加工ですけど」


「委員会の連中が死力を尽くした偽装防止よ、不正は許されないわ」


「ちなみにそのチケット、1切れ1万で売れるで。 転売すれば半日で特定されるけどな」


「ひえぇ……」


 外の世界からの注目度、そして赤室学園の特異性をおかきは再三思い知らされる。

 この紙束が同じ厚みの札束より価値があるという事実に持つ手が震える、渡すにしても信用できる相手でなければ安心できない。


「……とはいえ、私が託せる相手なんて一人しかいないんですけどね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る