第105話

「企画始動申請書提出してきたわ、予算貰ってきたわよ!」


「「「「「イエーイ!!!」」」」」


 クラスメイト一堂が、書類片手に職員室から帰還した甘音を騒がしく迎える。

 学園祭まで時間は少ない、放課後の空き教室に集まったおかきたちは今日もこうして準備を進めていた。


「企画始動申請書?」


「学園祭でこういう出し物をやりますけどええですかって許可貰いに行くねん、書類の出来次第で予算が左右される大事な仕事やで」


「なるほど、それでどれほどの予算をいただいたんですか?」


「よくぞ聞いてくれたわね、私たちに与えられた金額はこれよ!」


 甘音が皆に見えるように、手にした書類を机に叩きつける。

 書面には大きく「許可」のハンコが押され、その下には飯酒盃とほか数名の教師のサインが筆記されている。

 さらに罫線が引かれた記入欄には、およそ15万円に値するAP額が書き加えられていた。


「おぉ、これってかなり破格の予算……」


「「「「「うぅーん……」」」」」


「……ではなさそうですね」


「残念ながらね、予定より少ない金額よ」


 おかきからすれば学園祭の予算に15万円は大金だが、どうも周りからの反応は渋い。

 それもそのはず、おかきにはそもそも認識にズレがある。 なぜならここは赤室学園だ。


「たぶんおかきが考えとるのは夏祭りの出店程度の規模やろ? それならホットプレートやら食材やら用意して……まあええとこ5万ってところやろ」


「お化け屋敷は段ボールや100均のグッズ使って簡単に……ってイメージよね、違う?」


「いえ、全くその通りのイメージでしたけど」


「誰か去年の学園祭の写真持ってない? できればカフェ系列」


「あっ、私撮ってるし待ち受けにしとる~。 おかきちゃんこれ見てみ」


 ギャルっぽい女学生がおかきに見せたのは、パラソルが並ぶいかにもオシャレなカフェテラス席だ。

 うっすら見えるカウンターには瓶入りのコーヒー豆が並び、奥の棚にはコーヒーミルなど本格的な道具も見える。


「これ去年の他クラスが出した店、タピるついでに撮ったやつ~。 なかなか良さげっしょ?」


「えっ、これを学生が?」


「ちょうど赤室学園から撤退した空き店舗を間借りして開いた店ね。 たしかこの時の収益が全体13位ぐらいだったかしら?」


「おかき、これがこの学園やで。 覚えとき」


「……肝に銘じておきます」


 借りたものとはいえ、写真で見る限り遜色ないクオリティの店舗だ。

 それでも収益は上から数えて13番目、トップ10にすら食い込めていない。


「私たちも最低限このクオリティを目指すなら15万なんてすぐ吹き飛ぶわ、だったらどうすればいいと思う?」


「…………出資してもらうか、自腹?」


「正解よ、そのために私たちはテストを乗り越えたんだからね」


 悪い笑顔を見せる甘音のスマホには、支給された予算をはるかに超える額のAPが表示されている。

 だからこそ中間テストが設けられていたのだ、学園祭に投入する軍資金リソースを確保するために。


「出資者を募るわ、払ったAPは学祭後に返還! ただし売り上げに応じて返還される金額は変動することを覚えておきなさい!」


「5万!」 「10万!」 「334!」 「残り80円……」 「侵入者が勝つ方に66兆2000億円」


「新手のクラウドファンディングみたいですね」


「実際似たようなもんやろ、うちも貯金から出資しとこか」


 出資した店が儲かるほど返還額は増え、逆に儲けが少ないと損をする。

 だからこそクラスメイト一丸となって学園祭を盛り上げる、シンプルだがよくできた構造だ。

 そしておかきの胃にも負担がかかる、根幹となるカフェのコンセプトを決定づけたのは自分の一言なのだから責任重大だ。


「いまさらですけどだいぶ冒険したテーマになりましたね、大丈夫でしょうか……」


「わはは! その時はその時でええ思い出になるわ、気にせんで楽しめばええねん!」


「それにまだ場所も決まってないしね、人気の立地は争奪戦になるしどうしたもんかしら」


「教室じゃダメ……ですよね、この写真を見る限り」


「そうね、儲けるためには大事な条件よ」


 おかきは自分の考えを改める、自分たちの教室に店を構えたところでスペースも物資も立地もなにも足りない。

 写真のような店が表通りにあるなら、わざわざ校舎の奥まった位置にある珍妙なカフェを利用する客は皆無だ。


「だからといって昼間の大通りにお化け屋敷あるのはなんだかなー」


「遊園地みたいなもんでしょ、いけるいける」


「いっそコンセプト切り離しちゃう?」


「もうすでに企画書提出しちゃったしな、それにアイデア自体は悪くないと思う」


「少なくとも他と被るようなネタじゃないよね、ここから一発屋で終わらせないためには……」


「なんだか本格的な話が進んでますね」


「そういうの得意な連中がいるのよ。 メニューは任せていいかしら、調理師免許組ー」


「「「「はーい」」」」


「「「栄養士資格ならー」」」


「学生で調理師免許……?」


「そういうの取れる連中がいるのよ、この学園にはね」


 赤室学園、カフカや天才浮遊霊に並ぶような個性を持つ学生が集う教育機関。

 ならばこういう事もあるだろう、おかきはそれ以上深く考えないことにした。


「仕入れはウカのところに頼んでいい? 今年は豊作って聞いたけど」


「今年“も”豊作や、任せとき。 うちが育てた野菜なら安くしたるで」


「そういえばウカさんは農作委員会に入っているんでしたっけ、いや農作委員会って何?」


「変な部活や委員会あげたらキリ無いで、まあそういう事やから御贔屓にー」


「となれば私たちの仕事はやっぱり場所取りね。 ほかのクラスもすでに動き出しているわ、まずは街を見て回りましょ」


「ああ、それなら1つ提案が」


――――――――…………

――――……

――…


「……なるほど、たしかにここなら雰囲気はピッタリよね。 だって本物がいるんだから!」


『うっすっすー、そろそろ来る頃だと思ってたっすよ皆さーん!』


 店を出す場所を求めておかきが甘音を連れてきたのは、「お化け屋敷」を開くならまさしくうってつけの立地。

 SICKの出張秘密基地であり、協力者であるユーコたちの実家でもあるあの旧校舎だった。

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