第104話
「というわけで、特別協力者としてユーコさんを勧誘しました」
『いやーいっつも見てるだけで退屈だったんすよねー! よろしくっす!』
遅れて談話室にやってきたおかきはしれっとした顔でユーコを紹介する。
お化け屋敷をコンセプトとするカフェにはぴったりの人選だが、対面した甘音は千切れんばかりの勢いで首を横に振っている。
「別にお化け屋敷に本物は求めてないのよ……本物は求めてないのよ!!!!」
「心からの叫びだね」
「せやけどおかき、ユーコ連れ出してええんか? しかもこんな人目があるところにまで」
『その点はぬかりないっす、今は皆さんしか自分のこと見えないように調整してるので』
「へー、そりゃ器用ね……じゃないわよ! 良くないでしょこの子連れて行っちゃ!」
《あー、それについてはおいらが許可出したから問題ないよ》
甘音の疑問に答えたのは、スマホ越しに聞こえてきた宮古野の声だ。
おかきが取り出したスマホの画面には、あの旧校舎の教室を背景に機械工作を続ける宮古野の姿が写っていた。
《幽霊にもガス抜きは必要だ、それにお化け屋敷がテーマなら逆にバレにくい。 ハロウィンに本物が紛れ込むようにね》
「えっ、ハロウィンにお化けいるの?」
《おっと口が滑った。 まあ彼女も悪い幽霊じゃない、仲良くしてくれよーそれじゃー》
失言をごまかすように通話は切られ、談話室には気まずい沈黙が流れる。
部屋にいるのはなにもおかきたちだけではない、ほかにものんべんだらりと夜の時間を過ごす学生たちもいる。
つまり、ユーコが見えない学生たちから見れば、今の甘音たちの様子は悪目立ちして見えた。
「……とりあえず河岸を変えましょう、私たちの部屋でいい?」
『えっとぉ……自分は参加OKってことでいいんすかね』
「それを今から話し合うのよ……!」
――――――――…………
――――……
――…
「私は却下!! ……といいたいけど私情たっぷりで冷静な判断ではないわ、あなたたちで話し合って!」
「甘音さんのそういうところ、私は好きですよ」
「どうも! 私もあなたのこと嫌いじゃなかったわよおかき!」
「イチャつくなイチャつくな、とりあえずユーコは何ができるん?」
『えーっと、鬼火っぽいもの浮かせたり、風邪引くぐらい呪ったり、ちょっともの浮かせたり……色々っすね!』
「おー、お化けっぽい。 面白いイタズラしかけられそうじゃん」
「呪いで風邪ってどうやるの? 免疫機能の低下? 雑菌? いや、ヒスタミンの作用を活性化させれば疑似的に症状を……」
「そしてガハラ様は妙なところで食いついてきたね」
「ってかおかきもおかきで急やねん、事前にいっといてくれればお嬢も心構えできたんやで?」
「すみません、皆さんにちょっと仕返しがしたかったので」
花もほころぶような笑顔とは裏腹に、おかきの声色は氷よりも冷たかった。
テストは無事に乗り越えたとはいえ、なにもネコミミカフェの一件をおかきは許したわけではない。
だからユーコに協力を頼み、ちょっとだけ仕返しを企んだのだ。
「……パイセン、これからおかきちゃん怒らすのやめとこ?」
「普段怒らない人怒らすとえげつないことになるんやな……」
「べつにそこまで根深く怒っているわけじゃないですからね。 それにユーコさんも退屈そうでしたから」
『おかきさんには感謝っすよ感謝! あっ、お邪魔なら全然引っ込むんで言ってほしいっす』
「そんなこと言われたら無下にできないじゃない……いいわよ、他のクラスメイトには私が何とか誤魔化すから!」
「おおー、さすがガハラ様太っ腹!」
「ただし! 学祭中はあんたもうちのクラスの一員だからね、しっかり盛り上げなさいよ!」
『うっす! この天才幽霊に任せてほしいっすよ、演技指導から人の呪い方までばっちり親身にレクチャーしちゃうっすよ!』
「あまり怖がらせてもカフェの客入り悪くならへん?」
「それはそれ、これはこれでおいおい考えるわよ。 まだメニューすら決まってない状態だし」
「ユーコさんは何かアイデアはないですか?」
『そうっすね、自分たちはご飯食べないんすけど……あっ、でもひっどい怨霊になるとほかの霊魂を捕食するんでその筋の方々に需要があるメニューがあれば』
「却下」
――――――――…………
――――……
――…
「おかき……怒ってるなら言ってね、天笠祓家秘伝の土下座を披露するから……」
「大丈夫ですよ甘音さん、今回の件はこれで溜飲が下がりましたから」
「その笑顔が怖いのよ!」
夜も更けた10時過ぎ、自然とウカたちが解散したあとの自室に甘音の涙声が響く。
本人からすれば心の底から絞り出した懇願だが、おかきはこれを微笑みでスルー。
おかきもだんだんSICKに慣れ、決してやられっぱなしでは終わらない強かさを覚えてきた。
「はぁー……それで、なんでユーコを誘ったの? あんたのことだから何かあるんでしょ」
「せっかくお化け屋敷を開くなら甘音さんに幽霊慣れしてもらおうかと」
「嘘、ではないけど理由としては2割ほどね。 ほかには?」
「…………言わないとダメです?」
「自白剤(自作)もあるけど」
「ユーコさんの過去にちょっと思うところがありまして」
「思うところ?」
脅しに秒で屈したおかきはベランダまで逃げ、夜風に当たりながら星を見上げる。
風に流れる彼女の髪は夜よりも黒く、星灯りを受けて
「……くだらない話ですよ。 早乙女 雄太のコンプレックスと重ね合わせて勝手に同情しただけです」
「たしか学校中退したのよね、お父さんが失踪して大変だったんでしょ?」
「ええ、お金は母に大半を持ち逃げされたので2人分の学費は工面できませんでした」
「言っちゃ悪いけど最低な母親ね」
「ふふ、そうですね」
はっきりとものをいう甘音の性格がおかきは好きだった。
時にあの一等星より眩しく見えて、自分がどうしようもない存在に思えてしまうほどに。
「……学生生活は長くないです、楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまう。 だからこそ楽しみたい、楽しんでもらいたい」
「だったら心配いらないわよ、おかき。 あんたのそばに誰がいると思ってるの?」
「人の髪の毛や唾液を欲しがる危ない人ですね」
「ふふふ、こいつぅ」
隣に立ち、風になびくおかきの髪を手櫛で梳く甘音。
指にまるでひっかからずすり抜けるおかきの髪は、サンプル目的でなくともずっと触っていたいと思えるほどに手触りが良い。
「安心しなさい、あんたもユーコも退屈なんてさせないわ。 一緒に遊びましょう、おかき」
「ええ。 お供しますよ、甘音さん」
学園祭が始まる、赤室学園の学園祭が。 そしておかきは思い知るのだ。
この学園の祭事がただの祭りで終わるわけがない、と。
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