第103話

「それじゃ決めましょうか、私たちの出し物を! 進行管理はこの天笠祓 甘音が務めるわ!」


「「「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」


 教卓に立った甘音がどこから持ってきた木槌を叩くと、教室中から生徒たちの歓声が上がる。

 待ち受けるは学園祭、鬱屈したテスト期間を生き延びたものだけが得られる甘露を前に、皆の興奮は最高潮に達していた。


「まず候補から決めるわよ、全員やりたい出し物を上げていきなさい。 ただし公序良俗に反しないように」


「酒場!」


「ギャンブル!!」


「極! ミニスカメイド!!」


「はい、先生は酒場が良い案だと思います」


飯酒盃先生アルちゅうはお黙りくださーい。 それと今手を挙げた男子どもには今後一切の発言を認めないわ」


「「「クソッ、手札の切り方を間違えたか……!」」」


「捨てろやそんな手札」


「はい、他に案がある人ー」


 血涙を流して悔しがる男子生徒数名を放置し、宴とも思える騒がしい会議は進行していく。

 甘音による指揮は非常に優秀で、需要が望めないものやコンプライアンスに反するものをはじきながらも皆の活気に水を差す真似はしない。

 おかげでアイデアの出力は滞ることなく、最終的に「お化け屋敷」か「軽食店」の2つにまで絞られた。


「……こんなところかしら、思ったより無難なところが残ったわね」


「美術展覧会、カラオケ、ガラケーショップ……ほかの候補よりずっとええやろ、収益見込めるのが一番や」


「飲食店は仕入れにコストがかかるからそこまで利率がよろしくないのよねー、お化け屋敷もウケが悪いのよね……」


「そこまで真剣にならなくても楽しめるのが一番ではないですか?」


「おかきさん、ここは赤室学園よ。 学園祭の収益はAPに関わるわ、つまり私のお酒代ね」


「飯酒盃先生は黙っててください。 ほかに案はないー? なければこの2つを最終候補として詰めに入るわよ」


「やっぱ飲食やりたいね、こっちには最強の看板娘がいるから!」


「なんで学園祭まで客に奉仕しなきゃならないんだよ! 客を楽しませるより俺たちが楽しめる出し物が良い!」


「やだやだやだやだ!! おかきちゃんのメイド姿見たいの、ご主人様って言われたいの!!」


「やりませんからね」


「いいや、藍上さんには番長皿屋敷をやってもらう! そして1枚……2枚……とささやく声を収録して売り出すんだ!!」


「クソッ、聴きたい!!」


「やりませんからね」


 クラスのボルテージが上がっていく一方、おかきのテンションは下がる一方だった。

 こうして互いに意見をぶつけて出し物を決めていくというのは楽しいが、それはそれとして自分を出汁に使われているのが気に食わないのだ。


「はいはいそこまで、いったん深呼吸。 おかき、あなたは何か意見ある?」


「客寄せパンダはごめんです」


「了解、というわけでここまでの意見全部却下ー」


「「「「「ええぇー!!?」」」」


「おかきに頼るならおかき本人の意見を尊重しないとダメよ、個人頼りの経営はすぐに潰れるわ。 あんたたち学祭中ずっとおかきを店に拘束する気?」


「ぐうの音も出ない正論……!」


「なにより私がお化け屋敷イヤなのよ!!」


「暴論!!」


 教室中から巻きあがるブーイングを司会者特権で黙らせる甘音。

 彼女の言葉も一理あるが、かといって皆もこのまま引き下がれない。

 ここで甘音の却下が通ってしまえば今までの話し合いがすべて無駄になる。 まるまる授業一限分の時間を潰し、何の成果も出さないわけにはいかなかった。


「……甘音さん、何もすべて却下する必要はないと思います。 私も飲食店やお化け屋敷が嫌というわけではないですし」


「そう? じゃあおかきの納得できる落としどころを探しましょうか」


「いえ、私一人納得してもクラスの出し物としては駄目です。 なので折衷案を1つ」


 おかきが人差し指を立てて話し出すと、クラス中の注目が集まる。

 その所作が、語り口が、目が、声が、否が応でも人目を引きつける魅力が籠る。

 その気になればクラス一つ手中に収めることもできるが、おかきはそれをよしとしない。 彼女は学園生活を楽しみたいのだから。


「――――もてなすだけでなく、一緒に楽しんでしまいましょう。 客も、私たちも」


――――――――…………

――――……

――…


「へー、それでコンセプトカフェにしたんだ。 お化けモチーフの」


「おかきの提案でね、みんなも納得したしいい落としどころになったわ」


 その日の夜、寮の談話室ではいつものメンバーが集まっていた。

 特に目的があるわけでもないただ駄弁るだけの集まり、今夜の話題は自然と学園祭について傾く。


「でも大丈夫なのガハラ様?」


「私の仕事は受付よ、中がどれだけ魑魅魍魎に溢れても関わらないことにしたわ」


「ここまで潔いといっそ惚れ惚れするで」


「でもそこまで無理しなくても普通にカフェでもやればよかったんじゃない? 新人ちゃんが接客すればいくらでも客は釣れるでしょ」


「おかきが本気でイヤなら無理強いできないわ、学園祭ぐらい楽しんでほしいじゃない」


「でもネコミミカフェには無理やり連行したよねボクら」


「それはそれ、これはこれよ」


「都合ええな」


 恥じる素振りすら見せずに言い切る甘音に、ウカも忍愛もなにも言えない。

 そもそもこの3人は中間試験のためにおかきを贄に捧げた共謀者だ、文句を言う権利など元からなかった。


「それで肝心の新人ちゃんはどこに? もしかしてどこか隅っこでふてくされてる?」


「そんなはずないわよ、そもそもおかきの発案だもの。 そういえば助っ人を呼んでくるとは言ってたけど……まさか」


『あらら、皆さんお揃いっすね。 どもどもっす!』


 何かを察した甘音の背後に、音もなく半透明の少女が忍び寄る。

 その瞬間、甘音はテーブルを飛び越えて対面していた忍愛の背に身を隠す。 

 ちゃっかり首に抱き着いて締め落とすその技は、忍者ですら反応できない神速の域だった。


「グエエエェー!? ボクの首がァー!!」


「(人の可聴域を超えた高周波の悲鳴)!!!!!」


「ギャアアァー!! うちの耳がァー!!?」


『わあ一瞬で大惨事。 それはそれとして、おかきさんに呼ばれた助っ人幽霊のユーコっす! どもども~!』

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