第102話

「なにぃ、おかきマキさんに会ったんか!? っかぁー、見逃してもうた!」


「初々しいリアクション見たかったよー、なんでボクらを呼んでくれなかったのさ!?」


「SICK嫌いです」


「ちょっとあんたら、おかき虐めんじゃないわよ」


 後日、屋上で惣菜パンを食みながらおかきはSICKへの疑念を募らせていた。

 

「すまんすまん、それで初マキさんはどうだった?」


「そりゃもう驚きましたよ、ああいうカフカかたちもあるんですね」


「人型から外れるのは珍しいよね、パイセンも一応人の形は保ってるし」


「誰が人外の化け物やねん。 ホンマなんなんやろなぁ、この病気」


「まあ、私たち以外にも不思議なことはいっぱいありますし……そういえばあの水晶ってどうなったんでしょうか」


 おかきは回収した水晶玉をユーコに預けたがその行方を知らない。

 まさか彼女が持ち去って悪用するとは思わないが、悪花が語った通りの危険物ならばその行方はどうしても気になってしまう。


「ん、うちが祓っておいたで。 結構神力ため込んどったけど名のある神々に頼んでどうにかしてもろた」


「ああ、ウカのところ行ってたのねあの幽霊娘。 心臓に悪いから次から先に連絡欲しいわ……」


「そうですね、何度も続けば私の首が持ちません」


「ごめんってばー……」


「それで新人ちゃん、どうだった? ネコカフェバイト」


「……まあ、いい経験だったとはあまり言えないですね」


 唐突に与えられた世界崩壊回避ミッションを差し引いても、藍上 おかきと化して初めてのバイトは後味の悪い思い出となった。

 おかきからすれば自分のせいで迷惑をかけ、翌日には店も消失してしまったのだ。

 おかげで給料として支払われるはずのAPも泣き寝入り、肉体的にも精神的にもくたびれただけに過ぎない。


「何より騙された形で仕事を手伝わされたのが気に入らないです、悪花さんも事前に事情を話してくれれば協力したのに」


「堪忍したってや、マキさんが出張ってたならそれだけ難易度の高いミッションだったってことやからな」


「店長の足取りもまだわかってないんでしょ? ちょっとでも勘づかれるとアウトだったんじゃないかな」


「水も飲んじゃいけないんだから辛いわね、長引けば長引くほど不自然に思われるし」


「それはまあそうですけど……」


「まあ世界は救われて新人ちゃんも報酬手に入ったんだからいいじゃん! おかげで中間も乗り越えられたしさ!」


「そうですね、忍愛さんは何もしてませんけどね」


「許して……許して……」


 そう、すでにあのオオネコノカミ事件から時は過ぎ、おかきたちは見事中間試験を乗り越えていた。

 悪花から渡された問題集はほぼ出題の予知に等しく、おかきは内容を複写して忍愛たちに販売。

 さらに自分はある程度怪しまれない程度に誤答を混ぜ、そこそこの好成績と十分なAPの確保に成功したのだ。


「しかし罪悪感が湧きますね、カンニングしているようで」


「何言ってるのよ、私たちはただ予想問題集を解いただけに過ぎないわ」


「それとも本気でボクらの学力でテストを残り越えられるとでも?」


「忍愛さんは普段からまじめに勉強していないだけでしょう、もったいない」


「正論は止めてよ、耳が痛い。 そんなことよりも、テストが空けたらいよいよ学園祭じゃん!」


 忍愛は足のばねだけで勢いよく立ち上がり、そのまま勢いよく跳んで空中を反転し、全身で喜びを表現する。

 着地とともに屋上で昼食を取る生徒たちから喝さいを浴びる姿は、さながら雑技団のようだ。 


「お祭りお祭り! 楽しみだねぇ、新人ちゃんは何カフェやるの? メイド?」


「やーりーまーせーんー!」


「「えぇー」」


 全力で拒絶の意思を示すおかきに、同じクラスに所属するウカと甘音が不満の声を上げる。

 それも仕方ない、ネコカフェという前例を考えればおかきという看板娘を据えれば人気が取れるのだから。

 いや、それ以上にこの2人はおかきのメイド姿を見たいだけだ。


「おかき、あなたが反対してもおそらく多数決で押し切られるのが関の山よ。 今のうちに慣れておきなさい」


「いやです、最後まで戦い抜きますよ私。 それに何が良いんですか、わかっていると思いますけど私はこの見た目ですよ?」


「新人ちゃん、ちっちゃくて薄っぺらいことはデメリットじゃなくてステータスなんだよ?」


 かつてないほどまじめな顔して語る忍愛の頭を無言でウカが引っ叩く。

 だがおかきから見れば、今の自分の身体は年不相応に幼いもので、女性的な魅力にあふれているとは言い難い。

 かつて自分で設定したキャラクターとはいえ、大衆から人気を博するデザインとは考えられないが……


  ――――なんであんたなんか産まれたの?


「……バイアスがかかっているんでしょうね、私」


 かつてある人から浴びせられた言葉が、早乙女 雄太の脳をよぎる。

 自らの心に消えないキズを刻み込んだ女の言葉が。

 思えば藍上 おかきのデザインは、“あの人”好みの姿だった。


「……? おかき?」


「そういえばキューちゃんから聞いたことあるんやけど、おかきの姿って人によって変わるらしいで」


「ん、どういうことさパイセン?」


「例えば山田、お前はおかきとどっちがカワイイかなんてアホみたいに張り合ってたことあったやろ。 お嬢はおかきをどう見てる?」


「どうって……まあ、たしかに背は低いけど凛々しいというか案外カッコいい系?」


「それがなにさ、印象や受け取り方が人によって違うって当たり前でしょ」


「おかきの場合はそれが顕著なんよ、ようは見る人好みの印象になる。 それが魔性の美貌が反映された結果ってことやろな」


「へー……つまりガハラ様は新人ちゃんのコ゜ッ」


「ウカ、あなたは何か聞いたかしら?」


「いいえなにも」


 恐ろしく早い手際で忍愛の首に注射器が打たれ、その意識が一瞬で刈り取られる。

 あらたな注射器を手にしながらほほ笑む甘音を前に反論する勇気など、ウカにはなかった。


「ごほんごほんえふん! ほらおかき、ぼーっとしてないでそろそろ教室戻るわよ!」


「えっ? あっ、はい」


「あんたもメイドが嫌ならシャキっとしなさい、午後一の授業はわかってんでしょ?」


 甘音が咳払いしながら仕切り直すとともに、ちょうど屋上には予鈴が鳴る。

 午後から始まる授業はおかきも覚えていた、だからこそ気が重くもある。


 なぜならテスト明けのテンションを維持した学友たちとともに、学園祭の出し物を決める話し合いが行われるのだから。


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【ユーコ/生前名:富士見 勇子】(その年の平均身長に合わせて可変)cm/21g/最近衝撃だったこと:知ってる子役タレントが自分の年齢を越していた

旧校舎に居つく霊体少女。

一定の場所に住み着いているが地縛霊ではなく浮遊霊、生前の怨念に囚われず自由に死後ライフを満喫している。

成仏しない身でありながら未練を持たないその在り方は極めて珍しく、その性質は彼女の根幹に由来するものである。

生前の彼女は極めて平凡な学生だった。

例えばテストの成績ならば常に平均点、体育の記録や身長・体重なども学校平均とピッタリ同じ数値しか取れない。

彼女がたまにテストで良い点数を取れば周囲の偏差値も偶然上昇し、怪我や病気を患って出席日数が減少すれば周囲の出席率もそれを均すために調整される。

いわば自分自身の振る舞いに合わせて平均値が変動してしまう異常性を有していた。

本来なら生前からSICKに目を着けられてもおかしくはないが、「常識から逸脱した存在に関わること」は平均的な女学生から逸脱するため、あらゆる偶発的因果が変化して富士見 勇子の異常性は彼女が死ぬ瞬間まで偶然にも発見されることはなかった。

しかし呪いともいえる平凡な在り方は本人にとっても強いコンプレックスとなり、“平凡ではない何者かになりたかった”という強い未練から幽霊化。

つまり幽霊という異常な存在になった時点で彼女の未練は果たされたのである。

とくに自我を持ちながら執着する怨念を持たないユーコは非常に稀、彼女には幽霊としての才能があったのだ。

事あるごとに自分のことを天才と称するのはコンプレックスの表れだが事実なので何も言えない。


幽霊になった後、しばらく様々な心霊スポットを巡り巡って最終的に平凡から逸脱した教育施設として赤室学園にやってきた。

その際に理事長の目に留まり、その他幽霊をまとめる存在としてSICKと連携して雇用。 新設された旧校舎の主に任命される。

生前の腕力に等しい重量なら持ち上げられる程度の念動力、幽霊として基本的な呪詛、霊感のない人間でも自分の存在を認識させるなどの能力を持つ。


ちなみに彼女の死因は居眠り運転による事故死。

ゆえに彼女の死がありふれた確率になるため、その年における交通事故率は飛躍的に上昇した。

 

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