第101話
『はいはーい、こちら葛飾区亀有公園前派出所。 どったのおかきちゃーん?』
「緊急事態です、ネコが喋りました」
「ふむ、常識的な対応。 しかし常識という枷は時に思考を縛り付けるものだ」
突然喋り出したネコを前にし、おかきは冷静にSICKへの連絡を行った。
対するネコは器用に足を組んで椅子に腰かけている、おかきの幻聴でなければ明らかな異常だ。
『OKOK、状況は分かった。 目の前にいるのは黒猫かい?』
「そうです、渋い声をしています」
『なら大丈夫だ、通話を変わってくれ。 おーいマーキス、あまりうちの新人脅かさないでくれよ』
「久しきかな宮古野君、ニャんとも愛らしい新人ではないか。 それにニャにやらネコとして好ましい気配を感じる」
「マーキス……あっ、もしかして前にウカさんたちが話していたマキさんって」
「如何にも、吾輩こそがカフカ5号モデル:ネコ。 名前はまだない」
『いやマーキスだよ君は』
「そうでもある、しかしそうでもない。 ネコとは自由であらねばニャらぬ」
腹を見せて転がる姿はなんとも威厳がないが、それでも宮古野のお墨付きならば間違いはない。
彼こそがカフカ症候群を発症し、ネコと化したおかきの先輩だ。
『モデルがモデルだからね、マーキスは諜報任務が主な仕事なんだ。 彼なら大抵の場所には怪しまれず侵入できる』
「なるほど……そんな人がネコカフェにいるということは」
「ふむ、君は敏い子だな。 如何にも、まずはこれを預かってほしい」
するとマーキスは猫用のビーズクッションを引っ張り、その下に隠してあったものをおかきに見せる。
それはビー玉よりも一回り大きい青い水晶玉だった。 手に持てばずっしりとのしかかる重さがあり、照明に照らされてどことなく冷たい光を湛えている。
「マーキスさん、これは?」
「すまニャいが時間がニャい、君にはだれにも見つからずにその水晶を持ち帰ってほしい。 いいかニャ?」
『ふむふむ? じゃあおいらはこの辺で失礼しようか』
「おーいおかきちゃーん、そっちは大丈夫ー?」
「うにゃぉん、ごろにゃぉん」
ほかの従業員がバックヤードに入って来るなり、マーキスはネコらしい振る舞いでおかきの足にすり寄る。
さきほどの威厳を微塵も感じない見事な擬態だ、そのうえこれ見よがしに甘えることで周囲の視線を集めている。
おかげでおかきも渡された水晶玉を間一髪隠すことができた。
「おぉー、めっちゃ懐かれてるね。 おネコ様と仲が良いようで何よりだね」
「ええ、とても可愛いです。 表は大丈夫ですか?」
「だいじょぶだいじょぶ、なんとか掃けてきたから。 おかきちゃん効果すごいねー」
「そんなにいいものですかね、自分じゃよくわからないのですが」
「うにゃぉん」
「そういうの場合によっては嫌味だよー? まあ可愛いってのはおネコ様と同じく良いことだ、ねえ皆様方~」
「「「「「ニャーン!」」」」
従業員の少女が呼びかけると、バックヤードでくつろいでいた猫たちが一斉に返事を返す。
おかきはどことなくその異質な光景に、背筋が冷える感覚を覚えた。
「……ああ、そうだそうだ。 休憩中は店のドリンク好きに飲んでいいんだよ、ここの店長太っ腹なんだ」
「へえ、それはお得ですね」
「うにゃぉん」
好意的な返事を咎めるように、足元のマーキスが軽く爪を立てる。
おかきはちらりと視線を落とし、不振にならない程度に首を縦に振った。
「……あの、客足が落ち着いたら私も接客に出ていいですか? 後ろに引っ込んでばかりも申し訳ないので」
「おっ、やる気あるのは良いよ良いよー! じゃあ今のうちにブレンドから教えよう、うちのコーヒーは水からこだわってて……」
「へえ、オリジナルブレンドってやつですか。 すごいなー」
できるだけ自然におだてながら、おかきは残りのバイト時間をやり過ごす。
その日何事もなく終えることはできたが、常に背中からチクチクと刺さる視線を感じる一日だった。
――――――――…………
――――……
――…
「ただいま戻りました、のど乾いたぁ……」
「うわあああああああん!!! おかきおかきおかきぃー!!!」
「へぶちっ」
喉の渇きと疲労でクタクタになりながら自室の扉を開くと、間髪入れずに涙目の甘音がおかきへと抱き着く。
それは決して大きくはないがたしかにあるふくらみを押し付けながら、決しておかきの頭を離さない見事なヘッドロックだった。
『おっとっと、お熱いっすね。 お邪魔してるっすー』
「むががもがもが……ゆ、ユーコさん……なぜここに?」
「知らないわよさっき急に窓から飛んできたんだから!」
『いやあサーセン、自分浮遊霊なもので。 おかきさんの帰り待ってたんすよ、黒ネコちゃんから玉っころ預かってないすか?』
「それならバッグの奥に隠して持ってきましたけど……これですか?」
『おお、それっすそれっす。 それじゃ自分はこいつを届けてくるんで、あざっしたー』
バックから取り出された水晶玉を回収すると、ユーコは壁をすり抜けてどこかへと飛んで行く。
そして天敵が居なくなったことで甘音も落ち着きを取り戻し、おかきもようやく地獄のヘッドロックから解放された。
「じ、寿命が3年縮んだわ……ごめんおかき、迷惑かけたわね……!」
「あだだ……お気になさらず、けどいったい何だったんですかね?」
「おうおかき、仕事終わったか。 お疲れさん」
自室の前で茫然としていると、ユーコと入れ替わりに隣室から出てきた悪花がおかきをねぎらう。
その手には諸悪の根源である例の問題集も握られていた。
「悪花さん、もしやユーコさんと一緒に何か悪だくみしてました?」
「バカ言え、今回はマキの奴との共同前線だよ。 とりあえずこっちこい」
廊下で話すような内容でないらしく、悪花が手招くままに部屋へお邪魔するおかきと甘音。
室内は相変わらず散らかっているが、強引に片付けられたテーブルの上には人数分のお茶がすでに用意されていた。
「あのカフェで飲みものは摂ってねえだろうな? まずは飲めよ」
「いただきます。 ……ふぅ、それでいったいどういう事なんですか?」
「そうよ、あの幽霊を呼ぶならせめて私に一言断ってよ!!」
「チッ、悪かったよ。 まあなんだ、簡単に言えばおかきのおかげでまた世界が救われたって話だよ」
「はい?」
「水晶玉回収しただろ? ありゃ人の深層心理にネコを刷り込む力がある」
「はい??」
「水晶玉を浸した液体を飲むことで効果が現れるんだ、最終的に従順なネコ奴隷と化してオオネコノカミ顕現のために供物としてささげられる」
「「はい???」」
「おう、そういう反応が返ってくると思ったぜ。 だから言わなかったんだよ」
SICKに入ってから何度目になるかもわからない頭痛を感じながら、おかきはなんとか悪花の話を理解しようと努める。
TRPGに置き換えて考えると、カフェを装って客を洗脳し、狂信者を量産して崇拝する神との接触を試みた……というところだ。
「あー…………半分ぐらいは飲みこめました、この世に出てくると危ない神様の降臨を阻止したわけですね?」
「ああ、ヒトとネコの支配階級が逆転するところだった」
「恐ろしいけどちょっと見てみたいわねそれ」
「こういう事ってよくあるんですか?」
「覚えておきなおかき、世界の危機なんてもんはそこら辺に転がってるしそこらへんの誰かが片付けてるもんだ」
「…………」
「ま、今回はお前の手柄だ。 例の件は最優先で調べておくぜ、あとこいつも忘れずにな」
コップの中身を一気に飲み干すと、悪花は卓上に例の問題集を置く。
世界の危機を救った証としては、なんとも薄っぺらい報酬だ。
「……せめて良い点数は取らせてもらいますか」
なお翌日、おかきがあのネコカフェへ足を運ぶと、店は跡形もなく消えていた。
店長とネコたちがどこに行ったのか、知る由はどこにもない。
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