第100話
「キャー似合ってるぅー!!」
「写真写真! クラスの子に自慢できる!」
「おかきちゃんこっち向いてー! はいピース!」
「初等部の衣装でぴったり! これで高等部なんて奇跡でしょ奇跡!」
「高等部です……」
バックヤードにて数名の従業員たちに囲まれ、死んだ目でバイト初日を迎えたおかきの自尊心はすでにボロボロだった。
自分よりもはるかに幼い生徒のために仕立てられた制服はピッタリと丈が合い、女性らしいデザインは嫌でも今の自分の性別を自覚させられる。
なにより頭に装着されたネコミミを模したカチューシャが、おかきの心をガリガリ削っていた。
「駄目よおかきちゃん、接客業はスマイル命! ほら笑って笑って!」
「でも愁いを帯びた美少女路線はありっちゃあり!」
「暁さんもいい人紹介してくれたなぁ、感謝~~!」
「ごめんね、テスト前だとシフト入れる人減っちゃって。 短期間だから助っ人お願いします!」
「別に構いませんよ……そういう約束ですし」
唯一の救いは制服がそこまで過激なデザインではなかったことだ。
ウェイトレスらしい黒地の多い服装に茶色いエプロン、スカート丈もひざ下まで伸びた安心設計となっている。
「ネコミミだけ渡された時はもっといかがわしいお店かと思いましたけど」
「そんなことないよぉ、ねえ店長?」
『ソウダネ! ソウダネ!』
「……何度も確認して申し訳ないんですけど、本当にこの人が店長でいいんですよね?」
「気持ちはわかるよおかきちゃん、合ってるから安心して」
歓談する従業員たちの中で、一人だけ存在が浮いたロボットが自己をアピールするように両手を振る。
おかきより低い身長、こまめなメンテナンスが施されている真っ白なボディ、そして携帯ショップや回転寿司が似合うその立ち姿。
従業員と同じエプロンを羽織ったそのロボットは、見紛うことなきペ〇パー君だった。
「店長は諸事情により遠隔で我々を見守ってるので気にしないで、これでも仕事はちゃんとできるから」
『ヨロシクネ! ヨロシクネ!』
「まあそういう事なら信用しますけど、ペッ〇ー君がいるとカフェなのか寿司屋なのか分からなくなりますね」
「あれ、暁さんから聞いてなかった? うちはただのカフェじゃないよ、こっち来て来て」
すると従業員はおかきの脇をすり抜け、バックヤードから表に繋がる扉をそっと開く。
手招きされるままにおかきがついて行くと、カフェスペースで思い思いに寝転がっている“同僚”たちの姿があった。
「おお……これは」
「見ての通りうちはネコカフェだよ、ネコミミもそのためにつけてるってわけ」
「なるほど……いやネコカフェでも従業員がミミを付ける必要ないのでは?」
『シュミ!! シュミ!!!』
「店長はちょっと黙っててねー」
スコティッシュフォールド、アメリカンショート、マンチカン、ラグドール、ペルシャ、その他雑種も含めて多種多様なネコが客入り前のカフェを占領している。
ここまで散々な目に合ってきたおかきでも少しだけ頬が緩む光景だ。
「生徒や教師が連れてきた
「そして私たちはおネコ様たちにすべてを捧げし醜きヒト族」
「むしろおネコ様のお世話をしながらAPを貰えるなんて最高では?」
「よく仕上げられたネコ奴隷ですね……おや、あなたもこの従業員でしたか」
「にゃうぉん」
おかきの足にすり寄ってきたのは、球技大会の時にも見かけた覚えのある黒猫だった。
あれからまったく見かけなかったのでおかきも心配していたが、毛艶や肉付きも健康的で愛されているのが手に取るようにわかる。
「それじゃおかきちゃん、お仕事教えるからこっちに来て。 レジ打ちは経験ある?」
「はい、コンビニと飲食店のアルバイト経験ならそれなりに」
「へー、その年でいろいろ経験してるのね」
「ならここらへんは軽く流してあとは接客の注意点ね、とはいってもお客よりおネコ様への注意点の方が多いけど」
「わかんないことがあっても安心して、私たちもフォローするから大丈夫だよ!」
――――――――…………
――――……
――…
「えー、キジトラカフェラテに黒猫コーヒー2つずつ! あとお土産のミケちゃん饅頭3セット!」
「ごめん5番席オーダー行ってー!」
「お釣り足りないよー! 1と50と100の棒金出して!」
「銀行行ってきまーす!!」
「なんで今日に限ってこんなに忙しいのー!?」
一通りの接客を終えていざ開店を迎えておよそ30分、すでに店内にはキャパシティギリギリの客で埋まり切っていた。
彼女たちが嘆くとおり、毎日ここまでの盛況を誇っているわけではない。
ならば客たちのぎらついた視線の行き先はひとつだけだ。
「すみません、店員さんとのチェキはいくらですか?」
「おかきちゃーん! こっち向いてー!」
「オムライスにケチャップでメッセージって書いてもらえます?」
「うおおおおおネコ様!! おネコ様!!! どうか今日も学業に疲れた愚かな私を癒してください!!!!」
「まずい、客の6割がおかきちゃん狙いだ!」
「すごい、思ったより拮抗してる!」
どこから話がリークされたのか、客の半分以上はおかきを一目見ようと駆け付けた欲深き学生たちだった。
呪いともいえる
渦中のおかきは胃の痛みを抑えながら必死に回転率を上げようと奮闘するが、それすらも逆効果だ。
「どうしよう、思った以上におかきちゃん効果がやばい! カンフル剤どころか劇薬だった!」
『カネ! カネ! カネェ!!』
「店長に至ってはかつてない盛況っぷりに壊れ始めてる!」
「おかきちゃんごめん、いったん裏に下がってて! ネコちゃんたちのケアをお願い!」
「わ、わかりましたー!」
これ以上は火に油を注ぐだけと見た少女たちの判断により、おかきは裏方へと引っ込められた。
バックヤードには、殺気立つ客の気配に当てられて怯えてしまったネコたちも避難している。
そしておかきは寝転がって伸びる猫たちの邪魔にならぬよう、空いたテーブルスペースに顔を突っ伏した。
「はあぁぁ~~~……とんでもないことになってしまった」
店長からすれば嬉しい悲鳴だが、店員やネコたちからすればこの盛況は迷惑ともいえる。
おまけに原因であるおかきは裏へ引っ込められ、本人からすれば店に迷惑をかけて厄介払いされたようにしか見えない。
「にゃうぉん」
「ああ、たしかあなたはチクワさん……慰めてくれるんですか」
落ち込むおかきの顔に、あの黒猫が鼻をこすりつける。
ネコ当人からすればただ構ってほしいだけだが、おかきには真意を知る余地はない。
「はぁ、皆さんには迷惑をかけてしまいましたね……あとで謝らなければ」
「気にするニャ、君のせいではない。 彼女たちも君の特性を知った上で暁君と取引きしたのだからニャ」
「ああ、そうなんですねー……って、うん?」
「ふむ、もしや初耳だったかニャ? 失言であったか」
おかきは自分の耳を疑い、次に目を擦る。
しかし目の前の“これ”は幻聴でも幻覚でもなく、おかきの目の前に依然として立っていた。
「おや、ネコがカツオブシを食らったような顔をしてどうしたのかニャ? この程度の不思議はすでに慣れているだろう?」
「…………いや、たしかに色々不思議なことはありましたけど」
それでもネコが突然ダンディな声で喋り出し、二足歩行で立つ姿を受け入れる度量は、まだおかきにはなかった。
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