第99話

「悪花様、ホシの身柄連れてまいりました!!」


「ほらさっさと歩きなさい、逃げようなんて思うんじゃないわよ!」


「お嬢めっちゃノリノリやん」


「おうおう、全員揃ってご苦労なこった」


「なんですかこれ???」


 事情を何も知らないおかきと、その両脇を固めておかきを拉致る甘音たち。

 さながら宇宙人を捕まえたCIAがごとき異様な光景を、タンクトップ姿の悪花は笑いながら出迎えた。

 

「ちょっと、はしたないわよ悪花」


「別に自分の部屋なんだからどんなカッコしても勝手だろ? 見せる相手もいねえし、山田は目潰しとけよ」


「なんでさ!?」


「それで約束通りおかき連れてきたけど何が目的や、引き抜くつもりならこのまま帰るで」


「えっ、私何されるかわからないまま連れてこられたんですか?」


「ちょっと静かにしてておかき、私たちは今大事な話をしてるの」


「私一番の当事者ですよねこれ?」


「まあ慌てんな、とりあえず座れよ。 茶ぐらいならあるぜ」


 悪花が床をペシペシ叩いて着座を促すが、相変わらず彼女の部屋には足の踏み場が資料で埋め尽くされている。

 アクタの爆弾事件から改装されたはずだが、すでに室内の惨状は以前とほぼ変わりない。


「あー、たしかこの辺に電気ポットが……」


「その前に片付けなさいよ、あんたいつか小火起こすわよ」


「心配すんな、すでに2~3度やらかしてる。 それとこいつが例のブツだ」


 悪花が電気ポットの代わりに紙の山から発掘したのは、ホッチキスで雑にまとめられた一冊の資料だ。

 表紙には大きく「㊙」の文字が押印され、チラリとめくれた中にはいくつものテスト問題が見えた。

 この時点でおかきはブツの正体と自分が拉致された理由を察し、甘音たち3人に軽蔑の視線を向ける。


「みなさん……」


「違うよ新人ちゃん、勉強はするよ! これはただの問題集だから、決してカンニングじゃないから!」


「そうよおかき、あくまで合法! 決して後ろめたい真似ではないの!」


「醜いなぁおかき、あれが堕落した学生たちの姿やで」


「なに裏切ってんだよパイセン! あんたもこっち側だろ!?」


「まあ俺ぁもともとおかきに渡すつもりだったからな、いらないなら帰ってもいいぜ。 ただ金欠って聞いたが稼ぐあてはあるのか?」


「むぅ……」


 テスト期間中は部活も委員会も活動が停滞気味だ。

 ならばバイトを探そうにも、今から最短で採用までこぎつけたとしてそこから給料を受け取るまで時間がかかる。

 手っ取り早くAPを稼ぐには、中間テストで高成績を収めて学園からの評価点を稼ぐしかない。


「しかし、悪花さんの手を借りるのは卑怯なのでは……」


「新人ちゃん、人は決して一人じゃ生きられないんだよ。 誰かの手を借りることは何も恥ずかしいことじゃない」


「なにかいい話みたいに言ってますけどただ楽したいだけですよね?」


「まあまずは悪花の話を聞いてみてもいいんじゃない? わざわざこんなものを作ってまでおかきに何させたいのよ、あんた」


「まずはおかき、ちょっとこっち来い」


「何されるんですかねいったい……」


 しぶしぶ文句を言いながらも手招きする悪花に近づくおかき、するとその頭上に何かが被せられる。

 触れてみればそれは2つの突起が付いたカチューシャだ。 電池が内蔵されているのか突起部分は触れると動き、手触りはふわふわしている。

 そう、それは俗にいう……ネコミミであった。


「おぉう……良いわねおかき、似合ってるわよ」


「いっそここまであざといと一周回って清々しいねもう」


「なんや、どうせならキツネ耳にしたらええのに」


「って、人の頭に何つけてんですかー!」


「おうこら叩きつけんな、結構高いんだぞそれ」


 羞恥のあまり即座にむしり取られ、あわや床に叩きつけられかけたカチューシャを悪花が間一髪で受け止める。

 

「実はこの部屋をここまで再興するにあたっていくらか借りが出来ちまってな、働いて返さなきゃならなくなったわけだ」


「なるほど、その職場にネコミミ着用が必須ってわけね」


「自分で働いて返してくださいよ、私を巻き込まないでください!」


「俺とお前ならどっちが似合うかなんて全知無能ちから使わなくても秒でわかるだろうがよォ! バイト代だって日給で出るぞ!」


「テストでAP稼ぐって話じゃなかったんですか、本末転倒ですよ!」


「で、どういうバイトなのそれ」


「ネコミミカフェ」


「ヤダー!!」


 予想通りの返答におかきは全力でNOを突き付ける。

 いくら見た目が少女であろうとも中身はアラサーの独身男性だ、ネコミミカチューシャを着けて接客するのはおかきの精神SANが持たない。


「みなさん、帰って勉強しましょう! そもそも私たちは悪花さんと決してなれ合ってはいけない間柄です!」


「いまさら過ぎへん?」


「ボクにとっては対岸の火事で美味しい思いできるからぜひとも新人ちゃんに頑張ってほしい」


「この人でなし!!」


「けどおかきだってテストに自信があるわけじゃないでしょう? 決して悪い話ではないと思うわ」


「ちなみにこの学園の中間・期末はエグいぞ、対策しなきゃ赤点一直線だ」


「ぐぬぅ……」


「まあ俺がおかきに物を頼む立場だ、これじゃフェアじゃねえってのは理解してる。 何か知りたい情報はあるか? 俺がなんでも引っ張って来るぜ」


「ぐぬぬぅ…………」


 悪花の情報提供、それは場合によっては値千金以上の価値がある。

 彼女ならば時間さえかければ父親の失踪について答えを導き出せるかもしれない、そうじゃなくとも使い道は様々だ。


――――――――…………

――――……

――…


「……本日から短期でお世話になります、藍上おかきですぅ……」


「「「「「「キャーおかきちゃーん!!」」」」」


 だからおかきは折れた、これが正しいのだと自分に言い聞かせながら。

 初の職場で浴びる歓声とは裏腹に、頭につけたネコミミはおかきの意思をくみ取る様にペッタリと伏せていた。

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