第98話
「……ま、処分なんて物騒なこと言ってもそこまで大げさな真似はできないけどね。 おかきちゃんの知り合いだし」
「別に遠慮しなくていいですよ、きっちりケジメはつけてください」
「だけど証拠がないんだ。 さすが小説家だけあって言葉の扱いが上手い、こっちの追及はひらひら躱されてさ」
「むぅ……」
命杖の罪状は常識的な法律では裁けない、かといってSICKが罰を下すのは越権行為だ。
あわや社会崩壊の危機を招いた危険人物ではあるが、原因である万年筆もサーカス団に強奪された今、彼女はただの作家に過ぎない。
叩いたうえで新たに埃が出なければ、SICKができることはなにもないのだ。
「社会的知名度の高い人物をこれ以上拘留するのは難しい、お偉方からストップも入った。 なので監視は付けるけど彼女は釈放されることになる」
「お偉方?」
「SICKも一枚岩じゃないからね、おいらたちが暴走しないように窘めるストッパーみたいな存在だよ」
「ボクらにとってはいけ好かないお邪魔虫って感じぃー、直接会ったこともないし」
「しゃあないわ、うちらみたいな異常な存在と顔合わせて万が一があったら困るんやろ」
「そういうことさ、局長ですらモニター越しで会話することしかできない。 っと、話が逸れちゃったけど納得してくれるかな?」
「……まあ、私が嫌だといったところでどうにかなる問題でもないですから」
命杖が怪しい、というのはあくまでおかきの推理に過ぎない。
具体的な確証がなければここで強く反対したところで意味はない、それにおかきとしても知り合いである彼女には情もある。
「その分監視はきっちりしっかり締めるから安心してよ。 四六時中1秒たりとも見逃さないぜぃ」
「お願いします、なんだかまだ心にしこりが残っているんです」
『むぅーん、なんだか自分だけおいてけぼりな話っすね』
1人だけ蚊帳の外に置かれたユーコは不満げに宙を旋回し、黒板消しやチョークを浮かせて弄んでいる。
見事なポルターガイストだが、もはやおかきもこの程度のことなら拍手を送りながら受け流せるようになってきた。
「ああごめんごめん、そういえばこの事件はユーちんには話してなかったね。 あとで情報を共有しておこう」
『どうもっす! 皆さんの活躍はあとでしっかりと拝見するっすよー!』
「なあキューちゃん、あの子大丈夫なんか? まさしく浮かれポンチって感じやけど」
「もしもの時はフォローするさ、それにおいらがスカウトした子を侮ってもらっちゃ困るねぇ?」
『ん? なんか言ったっすか?』
「いいやなんでもぉ? さあさあ今日の話はここまでだご苦労諸君、お嬢と一緒にお帰り」
「そういやまだ起きないねガハラ様」
「山田、お前なら軽く背負えるやろ。 変なところ触ったらあかんで」
「ではお暇します、また……お邪魔しても大丈夫ですかね?」
『あー、気にしなくていいっすよおかきさん。 歓迎するんでいつでも遊びに来てほしいっす』
ユーコはけらけらと笑うが、周囲に浮かぶほかの人魂や幽霊はあきらかにおかきを避けている。
神性の塊であるウカよりもあからさまな避けられ方には、簡単に足を運んでいいのか躊躇うものだ。
「まあおかきちゃんに悪さしようとする
「知らぬ間に神の加護を貰ってるというのは複雑な気分ですね……」
「わかるでおかき、プレッシャーやねんな」
『あっ、お帰りはそこの廊下を左に曲がって道なりに進むといいっすよ。 本校舎の旧理科室に繋がる地下通路があるっす』
「ああ、球技大会前にキューさんがやってきたのはそういうわけですね」
「そゆことそゆこと、帰りはおいら特製爆速トロッコで快適な地下の旅をお送りするぜ」
「なんだかボク嫌な予感がする」
――――――――…………
――――……
――…
「死ぬかと思ったわよ!!!」
「最悪なタイミングで目ぇ覚ましたなお嬢」
宮古野作爆速トロッコの乗り心地は、かつておかきたちが体験したあらゆる絶叫アトラクションをしのぐ出来栄えだった。
その渦中で目を覚ました甘音の情動は筆舌に尽くしがたく、悲鳴とともに抱き着かれたおかきの首へ与えられたダメージは計り知れない。
ともあれ、SICK支部のお披露目式を終えたご一行は無事に旧校舎から生きて帰ってくることができた。 一名の犠牲を除いて。
「あーもう髪もグチャグチャだしこんな時間だし試験勉強全然進んでないし!」
「だから無理して付いてこなくてよかったんだよガハラ様」
「せやな、その場合おかきも首絞められることなかったな」
「ごめんってばー! もー、いつ目を覚ますかしらこれ!?」
「ガハラ様の次は新人ちゃんおんぶしなきゃダメかなこれ」
忍愛の背には、旧校舎にトロッコと度重なる窒息ダメージを受けて気絶中のおかきが背負われている。
寮への帰路を歩く中、見上げた空はすでに橙色から夜闇へと変わろうとしている頃合いだ。
ギリギリ門限のペナルティを避けたとしても、風呂や夕食の時間を考えれば勉強に裂ける時間はほとんどない。
「おかきには悪いことしちゃったわねー……ん? なんかおかきの携帯鳴ってない?」
「あららほんとだ、代わりに着信出てよセンパイ」
「プライベートな電話だったらどうすんねん。 ……って、悪花からか。 もしもーし」
「一応敵対組織なのに電話番号やり取りしてるのってどうなのかしら」
『あ゛っ? なんでおかきの電話からウカが出るんだよ』
ブレザーのポケットからおかきの携帯を引っこ抜いたウカが通話に出ると、不機嫌な悪花の声がスピーカーから吐き出される。
「なんや、緊急案件か? おかきは今気失っとるからうちらが聞くで」
『あー、いや緊急ってわけじゃねえが……まあいいや、お前ら俺が作った中間対策マニュアルいるか?』
「「「ほしい!!!」」」
ウカと会話を盗み聞きしていた甘音たちの声がぴったりと揃う。
学園を探せば秀才たちが制作した過去問や予想問題集を手に入れることもできる、だが悪花作成は“格”が違う。
全知無能による圧倒的な予想の精度があれば、テスト問題など児戯にも等しいのだから。
「……って待て待て、ンなうまい話があってたまるか。 何が目的や?」
『ハッ、さすがに察しが良いじゃねえか。 まあ詳しい話はおかき連れて俺の部屋に来い、じゃあな』
一方的に条件を告げて通話が切れる。
悪花はあくまでSICKとは敵対する組織のリーダーだ、この通話も罠の可能性がある。
しかしテスト対策という餌を吊り下げられた3人の頭には、そんな懸念に思考を巡らせる余裕などなかった。
「う、うぅん……あれ、私はたしか……」
「おうおかき、よう目覚ましたな」
「心配したんだよ新人ちゃん、どこか痛いところはない?」
「ごめんねおかき、私のせいでひどい目に合わせて」
「皆さん……あの、なんだか皆さん目が怖いんですけど」
「「「まあまあまあ」」」
「あ、あのー……あのぉー?」
かくしておかきは当事者でありながら何も事情を聴かせられず、悪花が待つ部屋まで
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