第97話

『ではあらためまして、赤室学園兼SICK旧校舎支部管理人のユーコっす! 以後お見知りおきを!』


 丈が余ったカーディガンの袖を振り回しながら、幽霊少女は宙を舞う。

 半透明の制服には「SICK」のスペルを縫い付けたワッペンが張られ、秘密組織でありながらも自らの所属を主張している。

 そんな浮かれ気味な彼女に誘導されながらおかきたちがたどり着いたのは、外観からは想像もできないほど設備が整えられた教室だった。


「おぉー……思ったより普通やな」


「本校舎の教室と比べればこちらの方が馴染みのある教室ですね」


「見た目は普通だけど中身はおいら特製だぜぃ。 座ってみな、飛ぶぞ」


「うおー! すっごいよパイセン、見た目ただの椅子なのにすっごいフカフカ!」


『そこに気づくとはお目が高いっすね~! 人間工学に基づいて最高の座り心地を探求……したうえで見た目をできるかぎり学校の椅子に近づけた逸品!』


「技術の無駄遣いでは?」


 おかきも忍愛に習って椅子に座ると、たしかに見た目とはまるで違う感触が背中と腰を包み込んだ。

 見た目は金属製の骨組みに木の板をはめ込んだだけの椅子だが、座り心地はまるで高級ソファだ。

 

「はふぅ……それでその、ユーコさんはカフカじゃないんですよね?」


『そうっすよ、ただの天才浮遊霊っす。 見ての通り自我もバリバリあるんでそこまで怖がらなくてもいいっすからね?』


「別に怖がってないわよ、ただおかきの背後に張り付きたい気分なのよ」


「はた迷惑な気分ですね……」


 甘音は椅子に腰かけたおかきの背後に隠れながら、できるだけユーコと距離を取ろうとおかしな体勢で震えている。

 誰かに触れていると安心するのか、甘音の手に首を掴まれているおかきにとっては気が休まらない。


「見ての通り、ユーコ君はレベル5霊的存在だ。 土地や無念に縛られずにここまで自我がはっきりした個体は珍しくてね、おいらが直接スカウトした」


「それでこの旧校舎に作った秘密基地の管理を任せたってわけやな」


「ウカさんは知っていたんですか?」


「おいらが改築作業中に人払いを頼んだからね、そもそもここは幽霊生徒たちのために建てられた校舎さ」


「……待ちなさい。 今“たち”って言った?」


『そうっすよお嬢、みんなも顔だしていいっすよ~!』


『『『『『『はぁ~い!!』』』』』』


 ユーコが呼びかけると、四方八方の壁や天井から無数の手や足が飛び出す。

 中には血にまみれたものや関節がおかしな方向を向いているものもあり、耐性があろうともなかなかホラーな光景だ。


「…………きゅぅ」


「あ、甘音さーん!?」


 当然この中で最も耐性が低い甘音が耐えられるはずもなく、2秒と持たず失神してしまった。


――――――――…………

――――……

――…


「うーん、うーん……清めの塩……いや清めの濃塩酸を……」


「清めの濃塩酸」


『物騒な寝言っすね』


「いやーガハラ様がここまでホラー耐性低かったとは、気の毒なことしちまったぜ」


「目覚ましたらまたすぐ気絶するよこれ」


 椅子を並べて寝かせられた甘音の周囲には、多種多様な幽霊たちが心配そうに寝顔を覗き込んでいる。

 本人たちに悪気はないが、図らずとも甘音をリスキルする形が出来上がっていた。 おかきは気の毒そうに甘音へ合掌を手向ける。


「さて彼女が目を覚ます前に話を戻そうか、このSICK赤室学園支部についてね」


「戻しちゃっていいんですかね。 まあ聞きますけど」


「ご協力どうもどうも。 話を戻すと君たちも事件が起きるたびに学園とSICKを行き来するのは大変だろ? 外出権も安くはないし」


「この学園って変なところで融通効かないよねー、可愛さ割引とかないのかな?」


「あるかドアホウ。 けど移動の煩わしさ無くなるのは助かるわ、次から何かあればここに集まればええんか?」


「そゆこと。 重要レベルが高くない作戦ならここで会議もできるようになってるからさ、ねえ局長?」


 宮古野が教室の黒板をノックすると、表面の映像が切り替わり、麻里元の顔が表示される。

 椅子と同じく一見ではただの黒板だが、中身は電子モニターとなっているのだ。


≪むっ、もう写っているのか? 宮古野、接続状況はどうだ?≫


「通信ラグは許容値以下、このままモニター繋いでスマッシュなブラザー出来ちゃうぜ」


≪さすがだな、良い仕事だ。 おかき、ユーコとはもう顔を合わせたか?≫


「ええ、びっくりしましたよ。 甘音さんに至っては気絶しちゃいました」


≪そうか、なら起きた時にでも伝えておいてくれ。 この旧校舎は緊急時の避難先としても使える、スポンサーである彼女も危険を感じたら躊躇わずに逃げ込むようにな≫


「計算上は核弾頭が直撃しても中身は無事さ、食料備蓄も向こう10年分は貯えがある」


「それは頼もしいですけど、大人しく避難してくれますかね」


『してくれないと困るっすよ~、自分たちの仕事が無くなっちゃうっす!』


 おかきの周囲を媚びるように、壁や天井をすり抜けて飛び回るユーコの様はまさしく幽霊そのものだ。

あらためて目の前の存在をまじまじと観察しながら、おかきは甘音をどう納得させようかと頭をひねる。


「しかし……実在していたんですね、幽霊って」


「実は見えないだけで魂や無念の残留物はそこら中にあるんだよ、こうして視認できるレベルまで実像を保てるのは才能が必要だけどね」


『そうっすね、自分天才なので!』


「清々しい自信ですね」


「ユーコはこういうやつや、でも悪い霊やないから安心しとき」


「悪霊ならパイセンが速攻成仏させてるもんね、触れただけで雑魚霊なら消滅するんだっけ?」


『そうっすね、神様パワーが溢れに溢れてるんで並の霊なら秒で即死っす……そういう意味だとおかきさんもかなり恐ろしいんすけど』


「私が? ウカさんに比べればただの人間なんですけども」


 同意を求めて周囲の幽霊たちを見渡すが、大量の幽霊たちはモーゼの如くおかきの視界を避けて姿を隠す。

 唯一残っているのは気まずそうな顔をしたユーコだけだ。


『ひぃふぅみぃ……なんかとんでもない数の加護が宿っているっすよね、しかもかなり格が高い神様の』


「あー、おかきちゃんは原典もとネタ外宇宙的神話もとネタだから」


「新人ちゃん、心当たりある?」


「えーっと、渡り歩いたシナリオだとノーデンス、バステト、アヌビス、ヒュプノス、クイーンショゴス……あと歪んだ五芒星といくつかのまじないを少々」


『ば、化け物……』


「下手すりゃうちより加護強いんとちゃうか?」


「いや、そこまで熱心に寵愛を受けたわけじゃないですよ。 というかそんなところまでカフカに反映されてるんですか……?」


「いやー、オカルト系はほとんど調べてなかったから再検査が必要かもね。 それはそれとして、歓談はこの辺にしておこうか」


 宮古野は襟を正すと、教壇に立って椅子に座るおかきたちに向き直る。

 先ほどまでの砕けた雰囲気は引っ込み、仕事モードの顔つきだ。


「画竜点睛事件について事の顛末を話そう。 おかきちゃん、君の先輩の処分についてね」

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