第96話

「なるほどー、新人ちゃんの金欠問題は相変わらずか」


「編入した時期が悪かったな、秋から冬にかけてはいまいち収入が振るわんからなあ」


「そんな桃鉄みたいなことあります?」


「テスト前だからみんな不況なのよ、部活動や委員会も止まるし収入が減るのはしょうがないわ」


「じゃあ朝の騒ぎは全部無駄じゃないですか」


 昼休みの屋上、大量の勧誘パンフを抱えたおかきは不満げにあんパンをかじる。

 金欠ということもあり牛乳に菓子パンという安上がりな昼食だが、それでも満足できる胃袋なのが今はありがたかった。


「むぅ、なんかおかき見てるとご飯食べさせたくなるのよね。 それで足りるの?」


「悲しいことに足りてしまうんですよね、焼肉もそこまで食べられなかったですし」


「気にしない気にしない、ボクらの給料なら焼肉なんていつでも食べられるんだからさー……って、そうだそうだ仕事の話。 局長から伝えてって頼まれたんだよね」


「ん、人払いしとこか?」


「いやそこまで切り込んだ話はしない、放課後旧校舎に集合だってさ。 忘れないでね」


「旧校舎……ってあそこに建っている校舎ですか?」


 校舎の屋上からは辺りの景色が一望できる、今日のような天気のいい昼休みには人気のスポットだ。

 そこから見える景色の中には、林の木々を切り拓いてポツンと佇む古びた建物がある。

 おかきはこの学園についてまだまだ知らないことも多いが、「旧校舎」と呼ばれてまず目につくほどに雰囲気が合致していた。


「そうそう、最寄駅から歩けば案外近いよ」


「でもこの学園って結構新しいですよね。 それなのに旧校舎があるんですか?」


「あれは、この校舎と築年数はそこまで変わりないで」


「なんて?」


「ねー、それって私もついて行っていいの?」


「局長は何も言ってないしいいんじゃないかな。 ちなみに旧校舎は本来立ち入りが制限されているけど、ボクは旧校舎管理委員だから同行してればお咎め無しだよ!」


「あー、おかき。 念のため……いや、おかきなら大丈夫やな」


「……いつものことですけど、皆さん肝心なところ何も話してくれませんよね」


「いやあ新人ちゃんの反応が新鮮でつい」


――――――――…………

――――……

――…


「なんというか、こうして近くで見ると思ったより迫力がありますね」


 そしてあっという間に迎えた放課後、おかきは見上げた旧校舎の迫力に思わず息をのむ。

 目が届く範囲の窓はほとんどが割れてクモの巣が張り、木造の壁面はところどころが朽ち果てている。

 夕暮れ時の雰囲気も手伝い、とても新しく建てられた校舎には見えない。


「実際“出る”んだよねぇ、この校舎。 新人ちゃんも気をつけなよ?」


「はぁ……」


「くだらないこと言ってないで中に用事があるんでしょ? おかきも怖がってるじゃない」


「別に怖がってはいませんけど。 それに甘音さん、さっきから手汗がすごいですけど……もしかして」


「違うわよ、断じて違うから」


 食い気味に否定しながらも、甘音は握りしめたおかきの手を離そうとはしない。

 声や表情は普段と変わりないものの、おかきは手のひらから伝わってくる細かな震えをたしかに感じていた。


「甘音さん、そんなに怖いなら無理せず待っていてもいいんですよ?」


「言わないでおかき、私だけ仲間外れにされるのはいやなのよ! ほら、とっとと行くわよ!」


「へー、ガハラ様ってオバケとか平気なイメージだったけど」


「それ以上余計なこと言うと歯全部溶かすわよ……!」


「サーセンした!」


 目力だけで人を殺せそうな眼光を飛ばしながら、甘音は旧校舎の扉に手をかけた。

 しかし蝶番がさび付いた扉は軽く押し込んだだけでバキリと音を立て、ゆっくりと奥へと倒れこむ。

 

『――――あー、やっと来た! いやあ待ちわびたっすよ、ってあれ? 知らん人がいるっすね』


 そして倒れる扉をおかきたちを出迎えたのは、赤室学園のものとは違う制服を着た半透明の少女だった。

 ゆらゆらと浮遊する彼女の足はぼやけて視認できず、夕暮れの中でもぼんやり浮かび上がる顔は血色が悪い。

 両手を胸の前でだらりとぶら下げた「うらめしや」のポーズは、初見のおかきでもわかりやすいほどの幽霊だった。


「うっぎゃぁー!!!? オバケー!!!」


「えっ、ちょっと甘音さん落ち着きグエエェ!」


『わあ見事なチョークスリーパー』


「お嬢お嬢、ちょっと落ち着き。 おかきが死んでまう」


 涙目でおかきの首に抱き着く甘音を引きはがし、ウカが両者の間に割って入る。

 突然現れた幽霊に対し、ウカと忍愛はあまり驚いた様子がない。 まるで初めから幽霊の存在を知っていたかのように。


「ゲホゲホッ……! う、ウカさん……彼女は?」


「ユーコ、説明したってや」


『どもども、自分この旧校舎に住んでる幽霊のユーコっす! あんたがおかきさんっすね、噂通りちっこいのに美人さんっすねー!』


「ああ、やっぱり幽霊なんですね……」


「ななななんで冷静なのよおかき! 幽霊よ!? 採血できないしバイタル取れないのよ!?」


「もはや幽霊程度ではどうじなくなりましたからね。 それで今日はなぜユーコさん宅に呼ばれたんですか?」


「いや、呼んだのはおいらだよ。 やあやあ今日はそろい踏みだねぇ」


 ユーコを追ってさらに校舎の奥から顔を出したのは、機械オイルで顔を汚した宮古野だ。

 いつもの恰好とは違い、年季の入った作業ツナギに身を包み、手には十徳ナイフのような形状の工具が握られている。

 いかにも今まで機械作業をしていましたという風体であり、これこそがおかきたちを呼んだ理由だった。

 

「というわけでようこそ、出来立てほやほやSICK出張秘密基地へ。 歓迎するぜぃカフカ諸君とスポンサーちゃん!」

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