第93話
「あーあー、せっかく世の中面白くなりそうだったのに失敗か。 残念だったなジェスター君!」
「黙れ、お前が初めからまじめに働けば作戦は成功していたんだぞ!」
「HAHAHA!
人目の届かぬ空の上、色とりどりの風船に吊るされた2人のピエロが雲を踏む。
鼻歌を奏でながら悠々と現場から離れるクラウンたちを追う者はいない、ここはSICKの捜索網より遥かに上だ。
「けど原稿は無理でも万年筆は掠め取って来たぜ? こいつでゴジラとウルトラマンでも戦わせてみるかぁ!」
「無理だな、画竜点睛の条件はいくつかある。
「あーららそうなの? なら設定パクってガワだけ変えりゃいいだろ、俺が考えた絶対皆殺し大怪獣マンでヒーロー全員蹴散らす物語なんてのはどうだ?」
「条件その2:創作物には筆者の情熱や執念と言った多大な感情が必要となる。 イカれた貴様の頭では不可能だろ」
「参ったな、そんなに褒めるなよ照れちまうぜ。 さては俺のこと大好きか?」
「殺すぞ」
「OH……これがヤンデレってやつか、悲しいねえ」
マスクをかぶってもわかる殺意を向けられてもふざけて笑うクラウンの手から、ふと件の万年筆が滑り落ちる。
そして2人の道化師とは違い、重力に従って落ちる万年筆は雲を突き抜け、遥か真下に広がる海の中へと沈んでいった。
「……おい、クラウン?」
「怒んなよジェスター君、どうせ俺らにゃ使えない代物さ。 誰かに奪われても面白くねえだろ?」
「それはそうだが手元に置いておけばまだ使いようが……ああもう、貴様はいつもいつも勝手なことを!!」
「HAHAHA気にすんな笑え笑え! ……それに勝手な行動はお互い様だろ?」
髪を掻きむしるジェスターの肩に手を回し、彼の首筋にナイフを当てる。
それはおかきを傷つけたものと同じ、切り付けた対象を黒斑で侵す異常特性を持つククリナイフだ。
「なんであの美人ちゃんを治した? 一目惚れか?」
「冗談でも二度と同じことを言うな。 私はただ借りを返しただけだ」
首に触れる刃先をまるで気にする様子もなく、ジェスターは自らの袖をめくる。
しわがれた腕に焼き付いているのは、電撃を受けた痛々しい火傷痕。 その表皮には甘音製の軟膏が塗りたくられている。
「次に会えば敵同士だ、私は迷いなくやつを殺す。 だが恩を借りたまま仇を返すのは道化のやることではない」
「……HAHAHAHAHAHA!!! ああそうかそうか、さすがジェスター君だクソ真面目に笑わせてくれるぜ!!」
「何がおかしいクラウン貴様ァ!!」
「そりゃおかしいさ! 面白くない理由なら殺さなきゃいけなかったんだ、俺は嬉しい」
嬉々とした声から一転してトーンが落ち、クラウンの表情から感情が消える。
ピエロとしての冗談ではなく、彼は本気でジェスターを殺すつもりだったのだ。
「俺らサーカス団のやることは一つだ。 泣く子も笑わす、殺してでも笑わせる、そうだろ?」
「ああ、だからこうしてお前と無駄な時間を過ごしている暇はない。 次の舞台に行くぞ!」
「おうよ! このイカれた世界で人の笑顔のために戦うなんて、俺たちいい奴だよなぁジェスター君!」
そして2人の道化師は笑いながら雲の上を往く。
眩しいほどに2人を照らす星灯りを、ブーイングのように浴びながら。
――――――――…………
――――……
――…
「バイタル安定、脈拍正常……おかきちゃん、気分はどうだい?」
「ええ、まあ……ちょっとくらくらしますけど平気です」
「んー、血が不足してるね! まああれだけ出血したなら無理はないさ」
クラウンたちとの交戦後、おかきは待機していた救急車両で治療を受けていた。
ベッドに横たわる彼女の肩は包帯と添え木で固定され、腕に繋げられた点滴からは輸血が流し込まれている。
ほかにも細かいすり傷なども合わせて治療を受けたが、それだけだ。 あの悍ましい黒斑は傷跡すら残っていない。
「通信機が途絶えておいらも肝を冷やしたぜ、前回から引き続き無茶をするなぁ君は」
「いやあ、毎度毎度お手数おかけします……」
「命があるだけ上出来だ、おいらは許そう。 局長たちにも後で元気な顔を見せてやってくれよ」
「はい……あの、それでウカさんたちは?」
しょぼくれたおかきが恐る恐る気になっていたことを聞くと、宮古野の表情が陰る。
「ウカっちたち
「……そう、ですか」
「それでも被害は抑えた方だよ、ホールで起きた大爆発はウカっちがみんなを植物で覆うことでほとんど守ったんだ!」
ほとんど、という言葉はウカの庇護から漏れてしまった哀れな犠牲者の存在を示している。
それに、民間人を守るために力を振るったせいでウカの暴走が促されてしまったことも事実だ。
「気にするなとは言わないけど飲み込んでくれ。 おいらたちは完全無欠なヒーローじゃない、失った数より救った数を数える方が有意義だ」
「分かってます、頑張って飲み込みます。 あと一つ心配なんですけど、今回の事件ってどう処理されるんですか?」
「んー、テロリストの襲撃かガス爆発かってところだね。 細かい帳尻合わせは関係者の記憶をこう、キュッとする」
「キュッとする」
宮古野はペットボトルの蓋を開けるようなジェスチャーを見せるが、おかきの
しかし実際知らない方が良いのかもしれないと現実から目を背けつつ、おかきは痛みが残る肩をさする。
「……それと君の腕に刺さっていた注射器だが、内容液から未知の成分がいくつも検出された。 このあと簡単なミームチェックと経過観察が行われる予定だ、申し訳ないけどもう少し付き合ってくれ」
「未知の成分……それがあの黒斑を治したんですかね」
「確信はできないがおそらくそうだろう、だが副作用がないとも限らない。 なんでわざわざ君を治したのかも不明だ、申し訳ないけどしばらくあの場にいた全員はこのまま隔離観察さ」
「局長たちに……先輩もですか?」
「ああ、とくに今回の事件を引き起こした彼女は厳重だ。 ただ手荒な真似はしないから安心してくれ」
「ぜひともこってり絞ってください。 ……それと一つだけ注意を、
「やっぱり? OK、詳しく聞かせてくれ」
背もたれに体を預けていた宮古野が前のめりになり、おかきの話の聞く姿勢を作る。
探偵であり、命杖のことをよく知るおかきの言葉は無下にできない価値があった。
「今回の事件ですけど回りくどすぎます、昔の面子を集めたいだけならわざわざ22時に眠るなんて設定は必要なかった。 卓を囲むなら時間制限なんて邪魔なだけだ」
「ああ、その辺りはおいらたちも違和感があった。 ならその裏には何が隠されていると思う?」
「それは……情報が不足してますね、本人に聞いてみなければわかりません」
――――――――…………
――――……
――…
「……ええ、うん。 そう、早乙女君と会えちゃった」
おかきとは別の車両、分厚い鉄の壁に覆われた牢獄のようなコンテナに命杖の声が反響する。
彼女の手には、携帯電話のイラストが描かれた原稿用紙の切れ端が握られていた。
「事前に準備しててよかったわー、けど通話はこれで最後ね。 ……バイバイ
短く通話を済ませ、命杖は通話を切った用紙を細かく引き裂いて一口に飲み込む。
車両の外で待機している職員たちは何も気づかない、証拠となる原稿はこのまま胃酸で消滅するだろう。
「ふぅ、早乙女君には悪いことしたけど……ちょっとだけ面白くなってきちゃった」
換気用のわずかな隙間から星を見上げ、命杖は笑みを浮かべる。
小説よりも奇妙な物語の行き先に思いをはせながら。
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