第88話
「くっ、貴様ァ! 私の邪魔をしに来たか!」
「そちらこそなんでこんなところにいるんですか、忍愛さんたちは!?」
異常空間の中で繁茂したジャングルに、おかきたちの言い争う声が響く。
他に聞こえるものといえば木々のざわめきくらいだ、今も交戦している忍愛たちの声や音すら聞こえない。
「ふん、クラウンさえいれば時間稼ぎぐらいどうにでもなる。 ならば私は画竜点睛の確保に向かうのが合理的だ!」
「何が合理的ですか、あなたたちに先輩の大事な原稿は渡しませんよ!」
「うるさい、小娘が! この女が原稿を持っているんだろ、このジェスター様が直々に確保……確保して……んぎぎぎぎぎ……!!」
ジェスターが命杖を拘束するツタを力いっぱい引っ張るが、弾力のあるツタはゴムのように伸びるだけで一向に引きちぎれる様子がない。
位置や引っ張り方を変えて何度かチャレンジするが、やがて肩で息をしながら諦めてしまった。
「ハァ……ハァ……! 小娘、手伝え……!」
『おうおう面の皮が厚いなこいつ』
「私が手伝っても無理ですよ。 そのツタはかなり丈夫……っ」
ツタを掴むために無意識に腕を上げようとし、おかきの肩に痛みが走る。
熱を持った患部の状態は本人からは確認できないが、少なくとも回復していないことは間違いない。
「なんだ、負傷したのか? ふん、SICKのくせに軟弱な小娘だな」
「誰のせいで負った怪我だと……あなたが民間人を操っていたんでしょうが」
「敵対している人間を潰して何が悪いんだ! ……チッ、診せろ!」
「あっ、ちょっと何を……いだだだだだ!?」
ジェスターがおかきの腕を引っ張り、負傷した肩を強く圧迫する。
一瞬で距離を詰められて男の腕力に振り回されるおかきは、痛みに顔を歪めるだけで抵抗もできない。
『おいこらおかきちゃんに何してんだお前! おいら特製指向性音響兵器いっとくかぁ!?』
「うるさい黙ってろ、私は
「いった……く、ない? あれ?」
「患部もその辺の木材で固定し、麻酔を打った。 非異常性の薬剤だ、感謝しろ」
わずか十秒にも満たない間に、おかきの肩には木材とツルで作られた即製の補助具が装着されていた。
痛みも熱も溶けるように引いていく、多少の違和感はあるが腕を動かせないこともない。
「なんでサーカス団が麻酔なんて……」
「そんなことより今は画竜点睛……この女の救助が先だろう、どこに原稿を隠し持っているんだこいつは!」
『おかきちゃん、そいつ原稿しか狙ってないぞ。 気を付けろ』
「ええ、わかっています……」
ジェスターの狙いはただひとつだ、おかきの腕に応急処置を施したのも原稿を確保するための手段に過ぎない。
だがおかきも命杖を開放するためにはジェスターの助力が必要だ、1人の力でこの拘束を剥がすのは難しい。
「チッ、千切ろうにも無駄に頑丈な植物だな!」
どうするべきか、思案している間にもジェスターは一人で無数のツタと格闘していた。
石を割って作った即席の刃物を突き立て、切断を試みている。
そしてうまく刃がツタに食い込んだ瞬間――――切り裂かれた表皮から漏れ出た火花を、おかきは見逃さなかった。
「……駄目、離れて!!」
「なに――――」
悲鳴を上げる猶予もなく、ツタの裂け目から漏れ出た電流が閃光を放つ。
バヂバヂと嫌な音を立てながら焦げる肉の匂い、痙攣する筋肉、命を脅かすほどの電撃がジェスターの全身を迸る。
静観していたおかきが感電しなかったのはただの幸運であり、考える前に彼の身体を蹴り飛ばせたのは本人の胆力があってのことだ。
「何やってるんですか、生きてますかこれ!?」
「ぐ、が、が……! なん、で……電気……!?」
ダメージの余韻で震えるジェスターの身体を引っ張り、おかきは電流からとにかく距離を取る。
切り裂かれたツタの切断面には何本もの銅線が露出し、漏れ出した電流がなんども火花を散らしていた。
『電気ケーブルを植物が覆っていたのか!? どんな初見殺しトラップだこれ!』
「ああもう、使わせてもらいますよ甘音さん!」
おかきはジェスターの邪魔くさいマントを引きはがし、その下に隠れた患部を確認する。
本来なら死んでもおかしくはない電流だが、そこは異常なサーカス団員。 呂律は回っていないが、脈も意識も鮮明だ。
ただ彼の腕は、声から推測した年齢よりもはるかに年老いたものだった。
「……この腕は元からですか?」
「あ、ああ……そうだよ……が、づ……!」
「たしか火傷にも効くと言っていましたよね……」
胸ポケットにしまっていた大事なお守りを取り出し、その中の軟膏をジェスターの腕へと塗りつける。
敵は敵だが応急処置の恩がある。 それにむざむざ見殺しにできるほど、おかきはまだ裏の世界に慣れてはいなかった。
「痛み止めもあります、マスクを外してください。 口は動きますか?」
「な、なんだときさ、貴様……そんなものがあるならどどどうして、自分で使わなかったた!」
「…………忘れてました」
嘘である、せっかくの友人からもらったお守りを消費してしまうのがもったいなかったからだ。
今でも若干後悔しているのか、薬を塗る手につい力がこもっている。
「そうだ、先輩は無事――――」
「――――なんや、おもしろいことになっとるなぁ?」
命杖までこの電流を浴びていないか、安否を確かめようと顔を上げたおかきの背後から白い指が伸びる。
頬にひたりと触れた指先は人のものとは思えぬほどに冷たかった。
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