第86話
「う、ウカさん?」
「うふふ、なんやぁおかき?」
目を細めて妖艶な笑みを浮かべるウカの姿は、おかきが知るものより大人びた背丈へ成長していた。
さらに彼女の足元からは床のタイルを突き破って無数の穀物が繁茂し、フリフリと揺れる4つの尻尾は実る稲穂に負けぬ黄金色に輝いている。
「あれは暴走しているな、私が来て正解だったか」
「暴走ってアクタ事件の時と同じですか?」
「それより状況が悪い、奴の尻尾が4本あるだろう? 本数が多いほど神性に主人格を乗っ取られている証拠だ」
『おいらも神格反応を確認した、四尾の顕現は過去3回ぐらいしか覚えがないぞ!』
「それってつまり……どのくらい危険なんですか?」
「新人ちゃん、覚えておきな。 ああなった先輩は精神が神様に寄っちゃって……ドSになる!」
「やーまーだぁ、ちょっと生意気やねぇ……ふふ、ええ声で鳴いてみよか」
犬歯を見せてはにかむウカが片手で印を結ぶと、彼女の足元に繁茂する植物が一斉に身の丈を伸ばす。
それは瞬く間に天井を突き破るほど巨大化し、室内は一瞬にして大量の緑に埋め尽くされた。
そして空間を蹂躙して縦横無尽に伸びるツタや根は、逃げる間もなくおかきたちを絡めとる。
「いやああああああああああ!! らめぇ、服の中に入ってきちゃおかしくなっちゃうのぉ!!!」
「って、なんで
『ヴォェッ!!』
生い茂る植物に圧迫された部屋の中、なぜか一番被害を被っていたのはクラウンだった。
四肢を拘束され、開脚した姿勢で固定されたうえに服の隙間からツタが浸食する艶めかしい姿に、通信機から宮古野のえづく声が聞こえる。
「おい、何をふざけているんだクラウン貴様! 手伝え、忌々しいSICKの連中をここで仕留めるぞ!」
「なぁにふざけちゃいないさジェスター君、それに笑えない冗談はやめときな。 今は喧嘩してる場合じゃないさ、なあ相棒?」
「なんだ、離反か山田?」
「違う違う違う! 勝手にこいつが言ってるだけ、ボクは無実!!」
「HAHAHA、フラれちまったぜ! だが今は呉越同舟ってもんだ、俺がかばってなきゃ今ごろあんたらがスケベな目にあってたぜ?」
いつの間にか下着姿でツタの拘束から逃れたクラウンが唯一残ったネクタイを締めなおす。
彼が見つめる先からは、ウカがひとりりでに避ける植物を踏みしめながらこちらへ歩み寄って来るところだ。
「おかき、今のウカとまともに会話できるとは思うなよ。 神に飲まれたあいつは人間とは精神構造も倫理も異なる」
「では、どうするんですか?」
「ふむ……こういう時は叩いて直すのが定石だな」
「わあ、センパイ生きて帰れるかなこれ」
麻里元が壊れたテレビを叩くように手刀を作って素振りすると、目の前の植物が触れてもいないのに切り裂かれる。
その切断面はまるで鋭利な刃物で切り付けられたかのように滑らかだ。
「おっとそちらのお姉さんは話が分かるね、こいつはレイドバトルさ。 敵同士だが今は俺たちが手を組まないとどうにも面倒なことになる」
「クラウン、本気か貴様!? こいつらは敵だぞ!!」
「あーあーピエロらしくねえクソ真面目っぷり、そういうとこ大好きだぜジェスター君」
「黙れ! お前はそうやっていつもいつ――――もぉ!?」
口論を遮り、彼らの足元から生えたタケノコが急成長し、何本もの竹やりとなって2人のピエロを貫いた。
ジェスターは衣装にいくつもの風穴を空けながら間一髪回避したが、クラウンは股間から脳天まで貫通した見事な串刺しだ。
「し、死んだ!?」
「大丈夫だよ新人ちゃん、あれどう殺せば死ぬか分かんないぐらい不死身だから。 あとそこ危ないよ」
忍愛に襟首を掴まれて後ろに引っ張られたおかきの足元からも、天井にぶつかる勢いでいくつもの植物が伸びる。
だがそれは串刺し目的の竹やりではなく、モウセンゴケのような粘毛を生やしたツルだった。
「ひ、ひえっ……」
「うふふ、ざぁんねん。 今ので捕まえてたら面白いことになったのになぁ、山田?」
「バーカ! 新人ちゃんにひどいことする気でしょ、薄い本みたいに!!」
「おいおい、男女差別かよ。 俺もそっちの方がマシだったぜ」
串刺しにされて当たり前のように喋っているクラウンはともかく、自分にも向けられた攻撃におかきは少なからずショックを受けた。
そして自分が知るもんとはかけ離れたウカの行動に、あらためて目の前にいる四尾の女狐が敵だと再確認する。
……同時に考えるのは、なぜ彼女が暴走してしまったのかだ。
「忍愛さん、フロアホールで交戦があるとは聞いていました。 ウカさんが神様としての力を使うほど切迫した戦闘だったんですか?」
「いや、たしかに追い詰められてはいたけど修羅場としてはそこまでじゃ……あれ、だったらなんで?」
「宮古野、ウカが暴走するまでの経緯を説明しろ」
『そこのバカピエロが人間に偽装した爆弾を起爆、フロア中を巻き込む大爆発が起きた。 数名の民間人が犠牲になったが、ウカっちたち3名は各々防御には成功していたはずだ』
「テヘペロッ★」
「ねえ局長、やっぱそこのカス今のうちにぶっ殺しとこうよ」
「あとにしておけ。 だがその程度なら四尾を使うまで追い込まれたとは考えにくい」
「あるとすれば……
何かに気づいたおかきは、痛む肩をかばいながら辺りを見渡し、舌打ちを鳴らす。
それは理不尽な現状ではなく、不甲斐ない自分への腹立たしさから自然と鳴らしてしまったものだ。
「……局長、先輩がいません。 ウカさんの植物で分断されてます!」
「チッ、ぬかったな。 おかきは見失った対象を捜索しろ、私と山田は暴走したウカを抑える」
「えっ、ボクも!?」
「忍愛さん、死なないでくださいね!」
「やめろよぉ、新人ちゃんまでそんな不吉なこと言うの!」
ウカに立ち向かう麻里元たちに背を向け、おかきはジャングルのような様相となった部屋をかき分けて走り出す。
麻里元は「ぬかった」と言ったが、おかきには要人をわざわざ見失うほど彼女が油断していたとは思えなかった。
ウカの暴走や命杖との分断、サーカス団との邂逅などまるで見えない何かに展開が誘導されているような違和感がぬぐえない。
「……キューさん、先輩の小説について詳しい情報をください。 画竜点睛の現象が始まっている可能性があります!」
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