第85話
「さて、これで全員か。 思ったより少なかったな」
「つ、強い……」
ひきつった笑顔を浮かべる民間人たちと麻里元の戦闘は、じつに一方的な蹂躙劇だった。
まさしく鎧袖一触、拳や蹴りが飛ぶたびに数人の暴徒が宙を舞う。
ときに背後のおかきたちをかばいつつ、前後から迫るすべての敵を片付けるまで時間はおよそ5分もかからなかった。 当然のように麻里元の身体には怪我一つない。
「無事……ではないか。 おかき、どこを痛めた?」
「すみません、せんぱ……ターゲットをかばって肩をやられました。 腕が上がりそうにないです」
「外で救護隊が待っている、最短距離で突破するぞ。 そういうわけなので、あなたも我々とともに避難していただきます」
「そ、それは構わないのだけど……お嬢ちゃん、何者なの?」
「あはは……いろいろと説明が難しい立場でして」
目を丸くする命杖に対し、おかきは作り笑いを浮かべて誤魔化すことしかできなかった。
心なしかとなりの麻里元も目つき鋭くおかきを見つめている、まさかこんなところでSICKの機密を暴露するわけにはいかない。
「おしゃべりはあとだ、無事な肩を貸せ」
「局長、倒れている方々はどうしますか?」
「残念だが今は気にかける余裕がない、事を片付けたら回収しよう」
麻里元がおかきの肩を担いだまま立ち上がると、おもむろに壁を叩く。
それは扉をノックするような軽いタッチであったが、まるで発泡スチロールのように砕けた壁は、粉塵をまき散らしながらぽっかりと大きな穴を開けた。
「……局長、これは?」
「SICK式近接格闘術の応用だ、お前もそのうちできる」
「人間の可能性ってすごいですね」
「わあ、事実は小説より奇なりって本当なのね~」
もはやいちいちツッコミを入れるのも疲れた2人は、先行する麻里元に追従して穴をくぐる。
こうなるとあとは壁を破壊しながら外まで一直線だ、脱出まで1分と掛からない。
だがしかし事はそう上手くは運ばない、相手もまた黙って目標を逃がすほど愚かではないのだから。
「――――おやおや、ずいぶんと暴力的なレディだ」
「……おかき、保護対象とともに下がってろ」
麻里元が壁に開けた穴の先。 テーブルやホワイトボードがなぎ倒された会議室の中央に、仮面をかぶった男が静かに佇んでいた。
体を覆うマントはその輪郭をぼかし、人間とは思えない不気味な雰囲気を醸し出している。
「SICK局長の麻里元だ、“サーカス団”の一員とお見受けする。 大人しくそこを通せ、さもなくば殺す」
「いやいや、物騒ですね。 ですがここを通りたければ、彼女が持つ原稿を渡しなさい」
「わ、私の原稿を? なんで?」
「耳を貸さないでください、アリア先輩。 大丈夫です、あなたのことは私が守ります」
「お嬢ちゃん……? その呼び方、あなた……」
「交渉は決裂だな、殺す」
「んふふふふ、勇ましいことだ。 しかし虚勢でしかない、私の観客たちを相手にしてあなたも疲弊しているでしょう?」
「えっ」
ベネチアンマスクの男は頭飾りを揺らしながら、余裕を持った笑い声を漏らす。
戸惑いながらおかきは麻里元の顔色を窺うが、彼女には疲労の色どころか額に汗すら浮かんでいない。
おかきの観察眼が間違ってなければ、男の指摘は的外れにもほどがある。
「後ろの子どもと要人をかばいながら満足に私と戦えますか? 悔しいですね、足手まといを抱えているというのは!」
「……なるほど、さすが噂に名高いサーカス団だ。 優秀なコメディアンを雇っている」
「いまさらお世辞を並べても無駄ですよぉ! 喜びなさい、あなた方はこの“ジェスター”の手により最高の喜劇を――――」
「――――ハッハァー!! おおっとぉそこ退いてくれねえかなぁ!!」
「ぐわああああああああああああああ!!!!?!?!?」
ジェスターと名乗った男が両手を上げて愉悦に浸ったその瞬間。 壁の一部が爆散し、大量の破片と爆風が彼に襲い掛かる。
まさしくコントのような一幕に、おかきも麻里元も唖然としてただ事の成り行きを眺めることしかできなかった。
そしてもうもうと煙が沸き立つ中、倒れたジェスターを踏みつけて現れたのは、シルクハットを被ったピエロメイクの男……クラウンだった。
「FOOOO!! いい絨毯だと思ったらジェスター君じゃねえか、転職活動中か?」
「くっ……クラウン貴様ァ!! 私の邪魔をするなと言ってるだろいつもいつも!!」
「まあまあまあ待て待て待てこれには山より深く海より高い理由ってもんがあるんだ。 ああそこの美人のお姉さんがた、ちょっと内輪もめの時間だからタイムいいか?」
「早くしろよ」
「良いんですか局長?」
「かまわん、あれは向こうのペースに付き合うと面倒なタイプと見た。 勝手にやらせておけ、それにどうも様子がおかしい」
「うわああああああああああああん!!! 助けて局長ー!!!!」
クラウンと呼ばれた男が出てきた穴から、次に飛び出してきたのは涙で顔を汚した忍愛だった。
服装は乱れ、どこから持ってきたのは黄金色の稲穂が胸の谷間や服のあちこちに挟まっている。
「落ち着け、トラブルがあったのは分かった。 何があったか説明しろ」
「パイセンが闇落ちした!!」
「なるほど理解した、お前はおかきたちを頼む」
「えっ、おかきちゃんと一緒なの? ってうっわまた大怪我してる!?」
「いやあこちらも壮絶な戦いがあったもので……」
「―――うふふ、なんや賑やかやなぁ?」
混沌とし始めた空気を締めるように、穴の向こうからウカの声が聞こえてくる。
「う、ウカ……さん?」
だがしかし、その声色も姿も、おかきが知るものとは全くの別物だった。
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