第81話
「ほら、二度と戻ってくるんじゃないぞお前ら!」
「「くぅーん……」」
おかきが潜入している一方そのころ、ウカたちは警備員たちに関係者通路から締め出されていた。
2人も捨てられた子犬のような目で警備員にすがってみたが、残念ながら効果は空しく、片手でしっしっと追い払われるだけで終わる。
「チッ、愛想悪いガードマンやな。 あとでクレーム入れたるわ」
「センパイ、あっちにアンケート用紙あったよ。 筆跡変えて20人分ぐらいのクレーム入れとこ」
「こらこらー! そこの2人、まじめに仕事してる人たちに迷惑かけるんじゃありません!」
「おっ、飯酒盃ちゃん。 なんや今日はえらい別嬪さんやな」
背後から2人にチョップを振り下ろして話しかけてきたのは、黒いパーティードレスに身を包んだ飯酒盃だ。
トレードマークのメガネを外し、普段のやぼったい服装ではなく体のラインがはっきりと出るドレスは、いつもの彼女とはまるで別人のようだ。
なお、その手にはちゃっかりとシャンパングラスが握られている。
「えへへそうかな……って違う違う、何をやらかしてきたのかはキューちゃんから聞いたからね。 それでおかきさんは?」
「なんや、だいぶ時間稼いだからもう脱出してるもんと思てたけど。 まさか逃げ遅れたか?」
フロアホールを見渡すが、行き交う人々の中におかきの姿はどこにもない。
もし原稿用紙を回収していたなら、通信機を通して連絡があるはずだ。
「んー……キューちゃん、新人ちゃんが今どうなってるかわかる?」
『あいあーい、どうやら部屋の主に見つかっちまったみたいだ。 こりゃ追い出されるのも時間の問題かな』
「むぅ、作戦失敗か。 ほなおかきと合流して次の方法考えな」
ウカは拍手をしながら顔をしかめる。
「ボクが忍び込んで盗み出してこようか? おかきちゃん戻ってきたら隠し場所もわかるよね」
忍愛は拍手をしながら提案する。
「サーカス団の連中も控えているわ、かすめ取られないように気を付けないと」
飯酒盃も拍手をしながら辺りに注意を向ける、どこに敵勢力が潜んでいるかもわからない。
拍手の邪魔になるので、シャンパングラスは投げ捨てられ、床にガラス片とアルコールが散乱した。
「……待て、なんかおかしい。
その違和感に最も早く気付いたのはウカだった、拍手をしながら。
ここはフロアホールでパーティー会場ではない、そもそもまだ発表会には時間もある。
拍手を送る相手も、意味も、理由もない。 しかしフロアにいる全員が拍手を続けている、まるで息をするかのように自然な所作で。
「―――キューちゃん! おかきさんにそこを動かないように伝えて、敵の攻撃を受けている!!」
「レディイイイイイイイイイイイッスアンッドジェントルメエエエエエエエエエエン!!!」
拍手が最高潮に達したその時、耳が痛いほどの叫び声がホール中に響き渡った。
「……山田、構えろ。 敵さんのお出ましや」
「山田言うな。 そっちこそ足引っ張んないでよね」
「やあやあやあお嬢さんども! ご機嫌いいか、俺は最高さ!!」
糸が切れた人形のようにフロア中の人間が倒れ、ウカたちだけがその場に残される。
一般人ではない人間が浮き彫りになったことを確認してから、ゆっくりと階段を降りてきたのは、ピエロメイクの男だった。
シルクハットと赤く膨れた鼻の下に生えたちょび髭を揺らし、C字ステッキを振り回しながら降りてくる姿は、さながらかの喜劇王を気取るような道化っぷりだ。
「なんせこんな美人たちと……Oh、もう一人は同業者か? 腕のいいコメディアンも紛れ込んでるようだ!」
「「言われてる
「HAHAHAHAHA!! いいねえいいコンビだ! ジャパニーズ・マンザイ・スタイル、勉強になる!!」
ケタケタと壊れた玩具のように笑うピエロの眉間に、空気を読まない銃弾が穿たれた。
衝撃で大きくのけぞった身体は階段を踏み外し、弛緩した肉体はそのまま最下段まで転がり落ちる。
射撃の張本人である飯酒盃は、まだ硝煙が上る拳銃を構えながら、ただただピエロの遺体を静観していた。
「ウカさん、対象の焼却処分をお願い。 山田さんは民間人の生存確認」
「えっ、あっ、は、はい」
「飯酒盃ちゃんこっわ……ただのウワバミじゃなかったんだ……」
「無駄口叩かない、早く。 こちらフロアホール前、サーカス団と思わしき男の鎮圧を開始」
あっけにとられる2人をしり目に、飯酒盃は眉一つ動かさずに2発、3発と死体に向けて銃弾を吐き出す。
心臓を射抜く正確な射撃。 ただでさえ階段を転げ落ちた衝撃でピエロの遺体は両手足と首が悲惨な角度でひしゃげているというのに、オーバーキルにもほどがある。
これが普通の人間ならば、だが。
「……おいおい、これがジャパンの挨拶か? いいね、マフィアとヤクザにゃ大ウケだ」
「チッ、そこは死んどけや」
「HAHAHA! 主演が5分で死んじまったら興ざめだろ、楽しもうぜお嬢さんども!」
ひしゃげた両手足を不気味に動かしながら、ピエロはゆっくりと立ち上がる。
口から黒く変色した血の塊と、撃ち込まれた銃弾を吐き出し、シルクハットを被りなおすといつの間にか額の銃創も消えている。
スーツの襟を正し、口元の血を拭うころには、男の負傷は見る影もなく回復していた。
「ふぅ、熱烈な歓迎だったぜ。 礼と言っちゃなんだが俺のサインはいるか?」
「こちらは特殊情報封鎖管理局です、すべての抵抗をやめて投降しなさい。 下手な行動は余計な苦痛につながるわよ」
「そりゃ面白いジョークだ、あんたら人を撃ち殺してから交渉しろって教わってんの?」
「撃っても死なないから問題なのよ、あんたたちみたいな異常存在はね」
「そりゃ嫌われちまってんね。 ……あー、そこの同業者も同じ意見?」
「「誰が同業者
「息ピッタリだ、羨ましいぜ。 俺としちゃイカした原稿を貰えれば尻尾巻いて帰るんだが……」
飯酒盃の返答は鉛玉として叩き込まれ、ピエロの顔面が大きくのけぞる。
しかしのけぞったピエロがゆっくり姿勢を戻すと、はにかむ口元から覗く白い歯が銃弾を受け止めていた。
「んー、ちょうど一本吸いたかったところだ。 ありがとよ」
ピエロが吐き出した銃弾を両手でこねくり回すと、それは火のついた葉巻へと形を変える。
そのまま再び口に咥えなおし、ピエロは口から異様な量の煙を吐き出した。
「で、お嬢さんどもは俺たちの興行を邪魔する気か? そいつは笑えない冗談だぜ」
「笑い事じゃないのよね、それで投降の意思は?」
「んー……ない!」
ピエロは両手を広げておどけて見せる。 その手の中からはいつの間に隠し持っていたのか、いくつもの葉巻が零れ落ちた。
地面に零れた葉巻から沸き立つ煙は、まるでサーカスショーの開幕を彩る煙幕のようだ。
「いいぜ、邪魔するんだってなら仕方ねえ! お相手はこの俺、クラウンが務めよう! あんたら全員、楽しませてやるよ!」
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