第80話
『あーあー、チェックワンツー。 みんなちゃんと聞こえてるー?』
「こちらアルファ1、通信良好です」
「ベータ2-、聞こえとるでー」
「ガンマ3も問題なーし、ついでに忍愛ちゃん可愛いって言って」
『言わなーい。 通信障害の気配は今のところ無しか、OKOK』
直前会議を終えたその日の夜、おかきたちは作戦決行のために目標の会場前までやってきた。
開始までまだ1時間近くあるというのに、路肩に停めた車両の窓から外を見ると、すでに会場入り口にはちらほらと招待客が集まり始めているのがわかる。
主役である作家の注目度と人気が、それだけ高いという何よりの証拠だ。
『さて、念のために作戦を確認しようか。 おいらたちの目的は画竜点睛と化した原稿と万年筆の回収、およびついでにアリアン先生のサインをもらってくることだ』
「おうこら後半」
『わはは冗談冗談、ちょっとは緊張はほぐれたかな? 模倣子対抗薬の接種も忘れないでくれよ』
「薬は飲みましたけど……そもそも模倣子ってなんなんですか?」
おかきは1粒だけ消費した錠剤の包装シートを取り出し、首をかしげる。
事前にSICKで摂取した予防注射はまだ理解できるが、この飲み薬で本当にあの危険な道化師と対抗できるのか、おかきには疑問だった。
『うーん、
「たしか33-4ですね」
「なんでや……!」
『はい、今のが模倣子。 正確にはインターネット・ミームだけどね』
ウカがぼそりと呟いた言葉を、ピアス型通信機越しの宮古野が鋭く指摘していく。
それでもおかきには「33-4」に対して「なんでや」と返すことへのつながりが、いまいち理解できなかった。
「情報の感染症みたいなものだよ、技能とか風習とか人から人へ伝播する概念の集まりが模倣子ってやつ」
「忍愛さんが珍しくまともなことを」
「おっとさてはボク相手なら多少雑な対応してもいいなって気づいたな? 賢い」
『見る人によっては33-4はただの数列だ、だけどおいらたち一部の人間にはほかの意味が透けて見えてしまう。 これがその人の“模倣子が汚染された状態”と表現するんだ』
「つまり、この飲み薬を摂取すると物事を歪まずに認識できると?」
『もっと詳しく言えば錠剤は補助薬だ、メインは先に打った注射になる。 たぶんこれでバカピエロどものミームや認識への害は避けられるはずなんだけどね』
「たぶん」
『この業界で“絶対”や“確実”なんて言葉はないよ、だからくれぐれも気を付けてくれ。 何も起きなければそれが一番なんだ』
今までの明るい調子から、1オクターブ落ちた宮古野の声は真剣そのものだった。
言ってしまえば「効くかどうかはわからないけどがんばってくれ」という無責任な言葉だが、逆に言えばSICKの最善を尽くしてもこれなのだ。
世界を救うという仕事は、常に薄氷の上で踊り続けるようなものと変わりない
「おかき、今からでも遅くないからキューちゃんと一緒に後方行っててええんやで?」
「いえ、大丈夫です。 本当に危険な場合は引き際を弁えますから」
「こうなると新人ちゃんは頑固だからなー、諦めた方が良いよセンパイ」
「うーん……わかった、けどうちらから離れたらあかんで?」
「ええ、もちろんです」
一度だけ大きく深呼吸をし、おかきはウカたちとともにSICKの偽装車両から降りる。
その瞬間、場違いに幼い珍客の登場に周囲から奇異の視線が……集まることもなく、人々は通り過ぎていく。
「うん、うちの幻術は今日も好調やな。 ほなぼちぼち行こか」
「私たちの姿を隠すなら、わざわざこんな格好をする必要はありますかね?」
「新人ちゃん、気分ってのは案外大事なんだよ?」
周囲からの視線がないことを確認すると、おかきは自らの恰好を見返して呆れた声を漏らす。
どこから調達してきたのか、おかきの背丈に合うベージュのパンツルックとジャケットにハンチング帽。
伊達メガネとメモ帳と首から下げたカメラという小道具まで完備した姿は、探偵というよりも大正時代の記者という服装だ。
「ええか? 今うちらは発表会の招待を受けた記者とレポーターとカメラマンや、関係者入り口からは入れるから間違えたらあかんで」
『もちろん招待状はばっちり偽装済みさ、堂々と違法入場してくれたまえ』
「正義の味方とは心苦しいものですね……」
先導して歩くウカが代表して3人分の招待状を見せると、警備員はしっかり中身を確認したのち、まるで気づかずに入場を許可する。
その後の簡単な手荷物チェックを終えると、3人は晴れて会場への潜入に成功した。
「さーて、問題の原稿ってのはどこにあるかやな。 山田、お前ならどこに置いとく?」
「山田言うな。 そだね、ここの警備結構ザルっぽいし……主役と一緒に控え室に置いてあるんじゃないかな?」
「よっし、なら行ってみるか。 おかき、はぐれへんようにな」
「はいはい、ちゃんとここにいますよウカさん」
狭い関係者通路をせわしなく行き来する人の波に飲み込まれないよう、互いに手を繋ぎながら控え室を探して進む。
3人とも事前に見取り図は頭に入れていたため、目的の部屋はすぐに見つけることができた。
たださすがに主役の控え室ということもあり、部屋の前には屈強な2名の警備員が立っている。
「うーん、目的のためには暴力も辞さないけど100%騒ぎになるよね」
「アホ、一般人にカフカの力振るうなや。 おかき、うちらが気が引くからその隙に忍び込みや」
「了解です、でもどうやって……」
「オラァ! お前どこに目を付けとんじゃワレェ!! グッチの革靴に泥つけよってからに!!」
「来ると思った! 絶対来ると思った!! グーだったもんすでに拳がさぁ!?」
突然ウカが殴り掛かり、その拳をとっさに受け止めた忍愛とくんずほぐれつのまま乱闘が始まる。
当然VIPが控えている部屋の近くでそんな騒ぎを起こせば、2人の警備員が合われてウカたちの乱闘を止めに入った。
「おいやめろ、そこのお前ら! クソッ、どこの会社の連中だ!?」
「竹〇房です!!」
「N〇Kです!!」
「嘘をつくな嘘を!! 良いからやめろ、こっちにこい!!」
「さすがウカさん、迫真の演技で……演技かな? まあ、ほどほどに……」
床を転がりながら暴れるウカたちに注目が集まっている間、おかきはこそこそと控え室の扉を開け、隙間から体を滑り込ませる。
部屋の中に人の気配はない、目的の原稿用紙を回収するなら今が好機だ。
「えーと、原稿原稿……っと、これかな?」
室内をさっと
すぐに回収しようと駆け寄って手を伸ばすが、いかんせんおかきの背丈ではギリギリで届かない。
「ふんぎぎぎ……! こ、こんなところで忍愛さんの犠牲を無駄にするわけには……」
「あらあら、これでいいかしら?」
「あっ、ありがとうございます……ん?」
突然おかきの身体が持ち上げられ、届きそうで届かなかった原稿に手が触れた。
しかし、部屋の外からはウカたちの乱闘らしい騒ぎがいまだに聞こえてくる。
では、後ろにいるのはいったい誰なのか?
「あら~? 悪い子ね、いったいどこから入ってきたの?」
「…………せ、せんぱ……」
それはこのパーティーの主役であり、
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