第77話

「あっ、部長。 遅刻するなんて珍しい……って誰その子?」


「あらあら、一年生?」


「ちょっとそこで拾ってきた! 喜べ、新入部員だぞ!」


「いやいや、どっから拉致って来たんスか? またトラ先に睨まれっぞ」


「その時は俺のリアル言いくるめと土下座技能が輝く時だ、それに沼に沈める人間は多いほどいい!」


 ――――あの、自分もう帰っていいですか?


「まあまあ待て待て待て、君名前は? TRPGやったことあるか? まずは座って毒入りスープでもどうぞ」


「部長、その言い方だと誤解招くっスよ。 それにTRPG入門にはビガミっしょ」


「えー、あーし久々にメイス魔法ドランクの世界でドンパチやりたーい」


「あの~、私ネクロニカの新シナリオ書いてきたのだけども」


「「「絶対やめろ!!!」」」


 ――――え、ええっと……


「ああ、すまん驚かせたな。 まあまずは体験入部ということで楽しんでくれ、ようこそボドゲ部へ」


――――――――…………

――――……

――…


「――――かき……おかき……おかきー? おーい、聞いとるか―?」


「……おっと、すみません意識が飛んでました」


「珍しいね、球技大会の疲れでも出てきたかい?」


 ウカに肩を揺すられ、おかきの意識が旧知の記憶から現世へと引き戻される。

呆けている間にも会議は進んでいたため、いつの間には卓上には見知らぬ人物の写真と資料が並べられていた。


「それじゃ聞き逃した藍上さんのためにもう一度説明するわね、皆さんお手元の資料をご覧くださーい」


「いうてうちらはもう見知った連中やけどな」


「申し訳ない、私のせいで二度手間を……」


「なに、復習は大事さ。 はいこれおかきちゃんの分」


 宮古野から渡された資料には、監視カメラを引き延ばしたような画質で、ジャグリングを披露するピエロの写真が印刷されていた。

 タバコが陳列されている棚が背景に移っていることから、場所はどこかのコンビニということが分かる。

 何とも異様な組み合わせだが、一番異様なのがピエロが放っているジャグリングの小道具だ。


「これ、人間の生首に見えますけど……?」


「その通りだよ、この写真に写っているピエロが“ワンタメイト興行”、通称おいらたちがサーカス団と呼んでいる集団の構成員さ」


「この事件現場はS県のとあるコンビニエンスストア。 直前まで店員と客が激しい口論を繰り広げていたところに現れ、店内にいた20歳以上の人間を殺害したわ」


「……なんのために?」


、それがサーカス団の行動原理なのよ」


「はっ?」


 おかきの喉から心底呆れた声が漏れだした。

 周りの顔色を見ても冗談というわけではない、それでも頭の中にははてなマークばかりが浮かんだ。


「新人ちゃん、あまり理解しようとしない方が良いよ。 ボクも戦ったことあるけどあれは狂人だ」


「山田に言われたらおしまいやな。 だけどうちも同意見や、あいつらのやることなすこと全部笑えんわ」


「一例をあげようか。 このコンビニではジャグリングされた6つの首から、常にマイケル・ジャクソンのスリラーが歌われていた」


「はっ?」


「そしてこの歌声を聞いた人間は、ワライタケの中毒症状に似た興奮作用・呼吸障害が発生した。 そしてSICKで保護して治療が成功した後でも、スリラーの幻聴がいまだに続いている」


「はっ?」


「また、当時店内唯一の生存者だった18歳の少年は喜怒哀楽のうち喜び以外の感情を表現することができなくなっていた。 おいらも記憶処置を施したが、この症状が緩和されることはなかった」


「…………は?」


「うん、言いたいことは分かるよおかきちゃん。 だけどこういう連中なんだ、難しいけど理解してくれ」


 宮古野たちの口から語られる説明を頭の中で何度も反芻するが、おかきには何も理解できなかった。

 そして同時に感じるデジャヴ感におかきは思い出す、たしかに自分はこの話を一度聞いたはずだと。

 そのうえで風邪を引いた時に見る悪夢のような話に、意識が過去の思い出へ逃げ出してしまったのだ。


「おーい、そろそろ帰ってきてくれ。 このままじゃ一生話が進められねえや」


「す、すみません……えーっと、冗談ではないんですよね?」


「おいらたちも悪い冗談であってほしかったよ、だがすべて事実さ。 サーカス団は観客を楽しませるために、異常なアイテムや特性を惜しげもなく活用する危険団体なんだよ」


「…………笑えないですね」


 観客を楽しませるために、不思議な力を使うサーカス団。

 言葉にすれば聞こえはいいが、実態とのその被害を知ってしまえば出来の悪いジョークにしかならない。

 強制的に人を笑わせ、あまつさえ殺人すら厭わない異常者。 そんなものが敬愛する先輩の晴れ舞台を土足で汚そうとしているのだ。


「やつらが何のために画竜点睛した原稿を狙うのか、その動機は分からない。 しかし決して善いことに使うとは思えないね、ゆえにおいらたちがやることは一つだ」


「ええ、先輩の舞台を邪魔させるわけにはいかない。 早急に原稿を回収し、サーカス団は撃退します」


 おかきの胸に決意が籠る。邪魔などさせない、あの人は夢に進めたのだ。 


 立ち止まってしまった、自分なんかとは違って。

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