第74話
「えっ、新人ちゃんのお父さんって死んじゃったの!?」
「ドアホッ! 声がデカい、それに行方不明ってだけで死んでへんわ!!」
「あんたも十分声デカいわよウカ」
「どいつもこいつも人の部屋でうるせえんだよおめえらァ!!」
無事に閉会式が終わった後、ウカたち3人は各自食料を持ち込み悪花の部屋に集まっていた。
ただし部屋の主はご立腹で、両手足に湿布を貼った姿で横たわりながら、犬歯をむき出しにしている。
「まあまあ、文句言わないでよ。 特製の湿布持ってきたんだから」
「てか悪花様さぁ、ボクらの試合に水差したでしょ! これは慰謝料だよ慰謝料、大人しく部屋を提供してよね!」
「うっせぇぞ山田ァ! こちとら早々に脱落してヒマしてたんだよ、日ごろの恨みだと思え!」
「全知無能あっても負けたんか?」
「いくら手が読めてもそれに追いつく筋肉がないと意味がねえんだよ」
「運動不足よあんた、部屋にこもってパソコンばっかしてないでたまには外に出なさい」
「ところでおかきのことだが……」
もっともすぎる正論に返す言葉もなく、悪花は露骨に話題を逸らした。
「あいつの父親、何かあったのか? 気になるから聞かせろ」
「あー、ここから先はSICKの機密情報やさかい」
「さっきまでべらべら喋ってたじゃねえか、部屋貸してやってんだからそれぐらいいいだろ」
「……しゃあないなぁ、人のプライベート勝手に話すのは気が引けるんやけど」
どうせ悪花の能力があれば時間を掛ければ答えにたどり着いてしまう。
結局時間の問題ならば、そのリソースをSICKの未来保全のために割いてもらいたいというのがウカの結論だ。
「つってもそこまで突っ込んだ情報はうちも知らんけどな。 母親が浮気して失踪、父親も交通事故起こして失踪したっちゅう話や」
「クソ親だな、やっぱあいつこっちに引き込んでいいか?」
「あかんあかん。 それに母親はたしかにクソっぽいけど父親はなんかきな臭いねん」
「事故の責任からただ逃げたってわけじゃないの?」
「週末明けにおかきが意気消沈しとった時あったやろ? あの時にSICKで父親の事故について調べたらしいけど、有力な情報は何も出んかったらしいで」
「そりゃおかしいね。 ボクもたまに新作スイーツの情報集めに使うけど、あそこの収集能力はピカ一だ」
「真っ黒だな、それでおかきはその父親の情報を理事長に求めたのか?」
「ええ、私と同じように紙の資料受け取っていたけど……」
――――――――…………
――――……
――…
「………………」
いわくつきとなった時計塔の中で、おかきはめくっていた資料の束を閉じる。
かつてアクタが起こした凄惨な事件以来、誰も近づかなくなったこの場所はおかきにとって良い隠れ家となっていた。
「収穫は無し……いや、ちょっとだけ前進か」
おかきが膝に乗せた資料には、SICKでも読んだ事故の内容がそのまま記載されている。
早乙女 雄太にとって忘れられない4月6日の深夜未明、雨でスリップした軽自動車がガードレールを突き破って崖下へ転落。
破損が激しい車内からは夥しい血痕が残されていたが、運転手の姿はなかった。
「……ダッシュボードに残された免許証から運転手は早乙女 博文と断定、その後も懸命な捜索が続けられるが発見すること叶わず」
もはや暗唱できるほどに内容を熟読したおかきは、天井を見上げながら書類の続きを読み上げる。
「――――なお、車内から採取された血痕には少なくとも3名以上のDNAが検出された。 警察は事件性を鑑みて調査の継続を試みたが1か月で打ち切り……」
10枚ほどの紙をホッチキスで止めた資料、その最後に1ページには少ないながら確実な進捗が記されている。
早乙女 雄太の記憶ではあの日の父はいつも通り、仕事に出かけて帰ってくるはずだった。
会社の同僚が相乗りしていたはずがない、父の関係者は皆無事が確認されているのだから。
では、早乙女 博文のほかに見つかったこの2名のDNAとはなんだ? 4月6日の夜にいったい何があった?
進捗はない、おかきの前には謎ばかりが増えた。 それでもこの一歩は、止まっていた時間をほんの少しだけ前に進めてくれた。
「しっかし、理事長はいったいどこでこんな情報を……」
「あっ、いたいた。 こんなところで何してるのさ新人ちゃん?」
「っと、忍愛さん。 よくここが分かりましたね」
天井を仰ぎ見るおかきの顔を覗き込んできたのは、寮で別れたはずの忍愛だった。
片手にはウカたちが持ち寄ったお菓子を詰め込んだビニール袋も抱えている。
「忍法・望月ぃー……なんてね、独りになりたいならここかなって思ったらビンゴだよ、ボクってすごい?」
「ええ、名探偵ですよ。 気を使わせてしまいましたかね」
「ボクが人に気を使うやつに見える? お菓子が余ったから渡して来いって悪花様に押し付けられたんだよ、全部ボクが食べようと思ったのにさぁ」
相も変わらず気ままなふるまいを見せる忍愛だが、それでもお菓子には手を付けていないあたり、彼女なりにおかきを気遣っているのが分かる。
あえて重苦しい空気を吹き飛ばそうと明るく努める忍愛の姿が、今のおかきにはとてもありがたかった。
「で、それが新人ちゃんの優勝賞品? 欲しい情報は載ってた?」
「ウカさんから聞きましたか。 まあ一歩前進と言ったところですよ」
「そりゃよかった、ボクを押しのけて勝ったなら無駄にされちゃ困るからね!」
「そういえば、忍愛さんはなんで私を同じクラスに引き込もうとしたんですか?」
「え゛っ」
忍愛の声が1オクターブ低くなり、途端に視線が右往左往と泳ぎ出す。
聞いていいのか悩ましい質問だったが、おかきは胸につかえた小さな謎が放っておけなかった。
「あー、えっとぉそれはね……それはねぇ……」
「ああ、言いたくないなら別に無理しなくてもいいんですよ」
「いや、そういわれると逆に引っ込めないって言うかねぇ……新人ちゃんってさ、まだ新人だよね」
「それはまあ、はい」
忍愛が「新人ちゃん」と呼称する通り、おかきはSICKの中では一番の新参者だ。
まだまだ基地の内部構造すら把握できておらず、教わることの方が多い。
「それでもこの仕事の危険性は把握してるよね、下手をすれば死んじゃうってこと」
「……ええ、アクタの事件で十分痛感しました」
「あの事件はまだ楽な方だよ。 昨日仲良く話していた人が、明日には死んじゃうかもしれないのがSICKのお仕事なんだ」
「………………」
「新人ちゃんはボクの後輩だから、もっと近くならちゃんと守れるかもって思ったんだ」
おかきが腰かけていた螺旋階段をトントンと上る忍愛、自然とおかきはその背中を追って顔を上げる。
そして最初と同じように、忍愛はおかきの顔を覗き込んだ。
「新人ちゃんはさ、死なないでね。 ボクの初めての後輩なんだから」
「……善処はしますが、約束はできませんね」
「うーん、そういうところぉー! 口約束でもいいからイエスっていってよぉ!」
一瞬だけ醸し出していたまじめな空気から一変、忍愛はべそをかいて駄々をこねる。
それでもおかきは頑なに首を縦には振らなかった。 自分が欲しい情報を得るためには、もっとSICKの深いところまで潜らなければならない。
そのためならば危険を冒す覚悟など、とうに決めていたのだから。
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