第73話

「負゛け゛て゛な゛い゛も゛ん゛!゛!゛ ゛ボ゛ク゛負゛け゛て゛な゛い゛も゛ん゛!゛!゛!゛」


「往生際悪いやっちゃな」


「まあ自分で自分にとどめを刺したようなものですからね」


 決着がついた後のマウンドでは、顔中を涙でグシャグシャにした忍愛が駄々をこねていた。

 ほかの選手や審判はすでに撤収済み、残っているのはあきれ顔のウカ・おかき・甘音ぐらいだ。


「だってだってボクがだって局長が勝つとだってだってぶち殺されてびえええええええええ!!!!」


「おかき、またなんか悪だくみしたん?」


「人聞きが悪いですね。 ただ念のために連絡しただけですよ、まさかここまで効果を発揮するとは思いませんでしたけど」


 追い詰められた忍愛が暴走して人目を気にせず能力を悪用しないか、そこだけがおかきにとって心配だった。

 ゆえに先回りして麻里元に釘を刺してもらったのだが、予想以上の効果は忍愛がチームを裏切るという形で発揮されたのだ。


「びええええええええええもうだめだァ、これから卒業までセンパイに煽られ続けてストレスで憤死するんだああああああああああ!!!!!」


「ブチ転がしたろかこいつ」


「おかき、ちょっと涙液採取したいから押さえつけといてくれない?」


「さすがに今は自重してください。 忍愛さん、そろそろ元気出してください」


「うぐぅ……新人ちゃん……」


「こんな形で終わってしまいましたが私は楽しかったですよ、もう少しで甘音さんが玉虫色に輝く謎の薬剤を持ち出すところでした」


「もしやボクわりと危機一髪だった?」


「ええ、わりと」


 おかきは想い返す、ベンチで甘音がこっそり取り出した名状しがたい液体の記憶を。

 もしあのまま試合がヒートアップしていたら、間違いなく使用されていたという確信があった。

 薬効については本人しか知らないが、隣で笑顔を浮かべている製造主に問いただす度胸などおかきにはない。


「おかき、私の顔に何かついてるかしら?」


「いえ、なにも。 さあ忍愛さん、いつまでも暴れていたら夜になってしまいますよ」


「そうだね、今回は命がつながっただけ儲けとするよ」


「野球って危険なスポーツなんやな」


 すでに日は傾きかけている、時計塔の時刻はもうすぐ閉会式が始まるころだ。

 遅刻すればそれこそペナルティが発生しかねない。 おかきたちは足取りが重い忍愛を連れて、中央体育館を目指す。


「最寄りの路面電車捕まえていきましょ、もうみんなクタクタでしょ?」


「うちはほぼ投げっぱなしやったからなぁ、にしてもお嬢は結構元気余っとんな」


「医学は体力勝負よ、そこまで打って走ってなんて活躍したわけでもないし」


「私も体力CON自体は結構高いんですよね、忍愛さんは大丈夫ですか?」


「めっちゃ泣いてめっちゃ疲れた!」


「自業自得やん、明日に引きずらんようにしとき」


――――――――…………

――――……

――…


「んんー! いらっしゃーい!」


「帰るでおかき」


「おっとひどい扱いだ、私理事長なのに」


 会場に到着すると、入り口前ではバブル時代の男性アイドルを彷彿とさせる衣装に身を包んだ理事長がおかきたちを出迎える。

 鬱陶しいほど袖についたビラビラを躍動させるいい年したおっさんの姿に、ただでさえ疲れているウカは見なかったことにして帰路に着こうと踵を返した。


「ウカさん、ここで帰ると優勝賞品がもらえないのでは?」


「いらんいらん、アレに付き合ってられんわ。 おかきたちも早めに切り上げた方がええで」


「悪いけど私は叶えたい願いがあるのよね、ちゃんと手順踏んでから帰ることにするわ」


「私もせっかくなので最後まで付き合うことにします」


「ボクも!!」


「お前は負けたんやからもう諦めろや」


「最後は新人ちゃんたちのチームにいたもんね!! 実質ボクも勝者だよ勝者!!」


「んっふっふ、駄目です」


 その容赦ない一言が、往生際の悪い忍愛へトドメを刺す。

 力なくその場へ膝をついた忍愛をしり目に、無駄の多い鬱陶しいモーションで駆け寄る理事長はおかきの手を取った。

 シルクハットに隠れた目元は相変わらず見えないが、それでも満面の笑みであることはおかきにも理解できた


「お見事ですよ、藍上さん。 実に面白い試合で私も噴飯ものでしたよ」


「は、はぁ……褒められているんですよね」


「もちろん、実にユニークな発想だ。 そんなあなたの願い事が気になって仕方ない、よければこの場でお聞きしても?」


「はいはいはーい! 私は不老不死の秘薬を作りたいです!!」


「はい、天笠祓さんはそうだろうと思って某国の研究論文をどうぞ。 細胞の自死を防ぎ半永久的に若返るための先進研究だとか」


「うっひょー! 頑張った甲斐があるわー!!」 


 理事長が甘音に手渡したものは、ホチキスで止められた分厚い資料だ。

 シワひとつない紙束はまさしく刷りたてと考えられるが、もし本物ならばすぐに用意できるような代物ではない。

 おかきにはウカたちの優勝を確信し、先んじて用意したものとしか考えられなかった。


「さて、次は藍上さんですよ。 あなたの願いは?」


「えっと……それじゃしばらく生活に困らないだけのAPを」


「えー、夢がないよ新人ちゃん! もっと他にお願いないの!?」


「そうよ、胡散臭いけどだいたいの無茶ぶりなら答えてくれるわよこの理事長。 胡散臭いけど」


「んん、二度も言われて理事長ショック」


 本当に叶えたい願い、無いと言えばそれは嘘になる。

 姉の健やかな生活やカフカ症候群の治療、胸に浮かぶ思いはあれど口にしたところで叶わぬものと諦めていた。

 ゆえにおかきはもっとも妥当なところで自分の願いを妥協したのだ。


「――――本当に?」


「…………え?」


 シルクハットの下から理事長の目がのぞく。 吸い込まれるような、赤い瞳。

 透き通るような金髪に似合う端正な顔立ちは、美麗と言って差し支えないものだ。

 だがおかきを言葉を失ったのは見目麗しい容姿にではなく、心を見透かすようなその言葉だった。


「つまらない、あなたの願いはそんな平凡ではないでしょう? 心の内から欲望を垂れ流しなさい」


「……無理ですよ、一介の理事長に叶えられるものではないかと」


「それを決めるのはあなたではない。 さあ、教えて?」


「…………私は」


 まるで古いRPGのように、「いいえ」を選ぶ限り抜け出せない押し問答に負け、おかきは口を開く。

 皆の前で吐き出すのは少しためらわれたが、いまさら隠すような話でもないと腹をくくりながら。


「――――“早乙女さおとめ 博文ひろふみの失踪事件”について、明確な情報が欲しいです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る