第72話

「はっはっはぁー!! やったでおかき、助かったわ!」


「お礼なら悪花さんに言ってください。 それにホームランを打ったのはウカさんの実力ですよ」


 ホームベースを踏んだウカはおかきとハイタッチを交わし、その喜びを分かち合う。

 電光掲示板には堂々と2点の数字が表示され、チーム・ウカの逆転を堂々と示していた。


「でも山田の投げるコースがよう分かったな、どういうトリックや?」


「すみません、それに関してはただのカンニングです」


 おかきは手にしたスマホの画面をウカへと見せる。

 表示されたLINEの画面に写っていたのは、悪花とのトーク履歴だ。

 

「悪花さん、卓球で早々に負けて暇だったそうなので。 ポイントを絞ってコースを教えてもらいました」


「そうか、“全知無能”……けどよう間に合ったな」


「それが不思議なことに、忍愛さんの情報は暗記できるほど収集していたようで」


「それは不思議やなぁなんでやろなぁ……あいつそのうち暗殺されるんとちゃうか」


「できるだけそうならないように努力しましょう、今は試合に集中です」


「せやな。 ほかに予知はないんか?」


「残念ながら時間的にこれ1つが限界です、なのでここからは自力でどうにかしないといけませんよ」


――――――――…………

――――……

――…


「やられた……完全にやられたぁー!!」


 ガタついたメンタルを立て直すためにタイムを取った忍愛は、マウンドで爪を噛む。

 トリックはおかきの提案から仕掛けられていた。 「たがいにイカサマ無用」という点に騙され、忍愛は外部からの助力を失念してしまったのだ。

 おかきが悪用したのは暁 悪花の”全知無能”によるコース予測、あらかじめどこに飛んでくるかわかっていればどんなに速い球でも打つのは難しくない。


「いやー、本当とんでもない新人が入ってきちゃったね……」


 とはいえ、100マイル近い豪速球を叩き飛ばしたのはウカの実力に他ならない。

 コースがわかっていても打てなければ意味はない、あのチームで忍愛と張り合えるのはウカくらいだ。


「全知無能も無敵じゃない、たぶんあの一打席の予知が限界だ……その1回で最高のパフォーマンスを発揮されたけど」


「キャプテン! なにブツブツ言ってんすか、このままじゃ負けっすよ!」


「ウホッ! ウホウホッ!!」


「団長ぉ! なに打たれてんだよ団長ォ!!」


「なんだよぉ! よってたかって可愛いボクをいじめて心が痛まないのか!?」


 忍愛に浮足立つチームメイトを宥める求心力はない、今まではただ個としての実力で無理やり引っ張ってきたにすぎない。

 そもそものモチーフが三下としてデザインされたキャラクター、神としてのカリスマ性をもつウカとはキャプテンとして窮地を治める力に歴然の差がある。

 ゆえにここまで余裕を崩さないようにリードを保つ立ち回りを心掛けてきたが、たった一度のスーパープレイでそれも覆されてしまった


「こうなったら向こうも守備重点だ、ボクの打席はまともに打たせてもらえない。 もしここから逆転するなら……」


 ――――イカサマしかない。 カフカとして設定された忍者の力を使えば、まだ逆転の目はある。

 だがおかきとの約束で常識外の力を用いることは禁止だ、もしもバレたら勝ったとしてもおかきからの信頼はない。

 ここから勝つにはあの名探偵の目を掻い潜り、生涯騙しきるイカサマが必要だ。


「ふっふっふ、燃えてきたよ……やってやろうじゃん! この勝負は必ずボクたちが勝つ!!」


「キャプテン、電話鳴ってるけどいいんすか?」


「水を差すねこんな時に! もしもーし!!」


 マナーモードのまま震えていたスマホを尻ポケットから取り出し、憤りを隠さずに着信を取る。

 この時、着信画面に表示される名前を確認しなかったのは忍愛の落ち度だろう。


『もしもし、局わたしだ』


「……毎度お世話になっておりますぅー……」


 電話口から聞こえてきた声に、忍愛の顔から血の気が引いていく。

 それはカフカの力を悪用しようとしている今、最も聞きたくない声だった。


『すまないな、球技大会を楽しんでいる最中に。 おかきからそろそろお前が悪だくみしだすころだと連絡を受けたもので』


「ワ……ァ……!」


「キャプテンが泣いてる!」


「誰、電話してる相手は誰なの!?」


『ところでお前が活躍している映像をこちらでも確認したよ、とても常人にできる真似ではないな?』


「ソウデスネ……」


 忍愛の顔から脱水症状を心配するほどの汗が噴き出す。

 小石で弾いて投球の軌道を弄ったなど、あまりに非常識すぎる。

 野球のルール云々という前に、SICKの職員としてあるまじき振る舞いだ。


『幸いおかきが窘めてくれたようだが、まさかこれ以上にカフカの力を晒すようなことは考えていないだろうな?』


「いえ、滅相もございません!!」


『そうかそうか、私の杞憂だったようで何よりだよ。 カフカの力を使い、試合に勝ったとなれば局長として君を罰しなければならないところだった』


「…………」


 山田は「それならウカはどうなんだ」と、口に出しかけた言葉を引っ込める。

 あちらは幻術で実像をごまかしただけだ、映像に証拠なんて残らない。

 それに対し山田のイカサマは、おかきが録画したように記録が残ってしまう。


『応援に行けないのは残念だが応援しているよ、それでは邪魔したな』


「い、いいえぇ……」


「キャプテン、そろそろタイムも限界っすよ。 とりあえずこの回抑えましょう!」


「…………いだ……ク……」


「はい?」


「代打ァ! ボク!!」


「「「「はいぃ!!?」」」」 「ウホォッ!!?」


 ピッチャーグローブを投げ出した忍愛は、風のような速さで打席に駆け付けてバットを構えた。

 野球の歴史を覆す、前代未聞な裏切りの瞬間である。


「なにやってんだあのピンク!!」


「とうとう脳みそまでピンクに染まったか!?」


「なにやってんだよ団長!!」


「ふざけんな……っ! 通るかそんなもん……っ!! ノーカンだノーカン……!!」


「ふざけてないよぉ!! 申し訳ないけど大真面目に裏切る、ここで勝つとボクは殺される!!」


 たとえこの回以降を正々堂々と戦い勝利したところで、序盤に犯した罪は覆らない。

 もしこのまま忍愛が試合に勝利すれば、“私利私欲にカフカの力を利用した”という罪状によって局長からの鉄拳制裁は免れない。 

 だから忍愛は葛藤し、0.2秒で保身の道を選んだ。


「さあ誰かボクの代わりに投げな!! 全部場外までぶっ飛ばしてやるよぉ!!」


「審判! 裏切りアレありなんすか審判!?」


「えー、理事長に確認したところ“面白いからOK”と通達! ゆえにプレイボオオオオオオオオオオオオオオル!!!!」


「クソがよぉ!!!!」


 最強の戦力が抜けてしまえば、(元)チーム・山田に勝ち目などない。

 結局33-4という大差のスコアを記録し、勝利を収めたのはウカたちだった。

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