第69話
「ストライッ! バッターアウッ!! スリーアウッチェンッ!!!」
「っしゃあ! いてもうたらぁ!」
1回の裏、おかきたちの守備はウカの好投により、三者凡退で終わる。
ウカのピッチングは誰一人としてバットに掠ることもできないほど、見事な腕前だった。
外野で構えていたおかきと甘音は、一歩も動かず攻守交代を迎える。
「すごいですねウカさん。 球速はそこまでではないですけど、コントロールがいいんでしょうか?」
「違うわよおかき、ズルしてるのよあれ」
「ズル? 見た限り不正している様子はありませんでしたけど」
「私たちには見えてないからよ。 幻覚でボール1個分位置をずらしているの、打ちごろの速さだからこそ芯を捕らえようとして空振るってわけ」
「タネさえ明かさなければ三振取り放題じゃないですか」
「そうでもないわよ、偶然手元と目測が狂ってボールに当たるときもあるわ。 それにこちらの手札を知ってるあの忍者には通じない」
「それもそうですか……」
1回目はなんとか無失点で抑えることができた、しかし次の守備はそうはいかない。
ネクストバッターズサークルに控えていた
十中八九ウカの手の内は見透かしている、ボール1個分の小細工は通用しない。
「忍愛さんに小細工は通用せず、さらにラッキーパンチの可能性もあると……」
「おまけに相手は先発にゴリラを使って体力を温存している、中盤以降になれば山田もピッチャーマウンドに立つはずよ」
「劣勢ですね、こちらに替えのピッチャーは?」
「いたら先発でマウンドに立ってるわよ。 ほら、そろそろ交代しないと審判に注意されるわ」
おかきは甘音に背を押されながらベンチへと戻る間も、ウカの疲労状態や試合の展開を考えていた。
この試合は山田とウカ、この2人を中心とする点取り合戦だ。 均衡が先に崩れたチームが不利を被ることになる。
だが神をモデルとしたカフカとはいえ体力は無尽蔵ではない、一人で9回すべてを抑えきるのは不可能だ。
「うーん……まずは忍愛さんの実力を見てみないとどうにもなりませんね」
――――――――…………
――――……
――…
「ウホオオオオオオオオ!!!!」
「かけまくもかしこきオラアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「そのうちバチ当たりますよあの人」
「今じゃなければいいのよ、試合が終わればどうとでもなれだわ」
攻守交替して2回の表、雑な祝詞で身体能力を強化した
1回表の投球とは違い、今回は腕力に任せたごり押しの速球勝負だ。
これにはさすがのウカも芯を捕らえなければ前に飛ばすことが難しく、ファールばかりが重ねられていく。
「ウカちゃーん! きばっていこー!」
「ピッチャービビってるーヘイヘイヘーイ!」
「ウカのアネキ、中島たちの仇とってくれー!!」
「ウカー! いい加減三振しなさい!」
「「「ガハラ様!!?」」」
「どう考えたって体力削りに来てるわよ、付き合うだけ相手の思うツボだわ。 あとは私たちが何とかするからそろそろ休みなさい!」
「……チッ、その顔覚えたでゴリラァ!」
甘音の助言が届き、熱くなりかけていたウカは10球目の打球を見逃した。
快音を鳴らしてボールがミットへ吸い込まれた瞬間、審判はキレのいいジェスチャーでウカのストライクを告げた。
「ッッッスットライイイイイイイイイイイッックァッククッククァア↑!!!」
「いやコールの癖ェ!!」
「ウカ、余計なツッコミ入れると無駄に疲れるわよ。 さっさと戻ってきなさい」
「くっそ、腹立つ審判やな……」
「あれぇええええええ~~~!!!?!? センパイがゴリラに三振取られてるよぉ~~~~~~!!!?!!? あれだけ自信満々だったのにねえ!!」
「腹立つ山田やな……まあ残り少ない余命ぐらい好きにさせたるか」
「おっとさては勝敗にかかわらずボクの絶命が決まってるな?」
忍愛の煽りも聞き流し、ベンチに戻ってきたウカの額にはうっすらと汗がにじんでいる。
体力の消耗はほかの選手に比べて明らかだ、このペースで削られるととてもじゃないが9回までは持たない。
「ウカは応援参加禁止、今のうちにゆっくり休むように。 磯野、前に飛ばさなくてもいいから時間稼いで」
「えぇー!? ひどいや姐さん、無理だよあんなゴリラ相手に!」
「おかき、ちょっと磯野の手を両手で包むように掴んで」
「……? こうですか?」
「そのまま上目遣いで……そうそう、そのままいつもより声のトーンあげて激励の言葉をどうぞ」
「が、頑張ってくださいっ」
「ヤッタアアアアアアオオオオオオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!!」
「磯野の筋肉が膨張してユニフォームがはじけ飛んだ!!」
「強制的に成長したんだ……ゴリラを倒せるレベルまで!」
「なんですかこれ」
「思春期男子の生態よ」
「しらないそんなの……」
歓喜のあまり人体としての限界を振り切った磯野を目の当たりにし、おかきは数少ない高校時代の思い出とのギャップにドン引きする。
だがここは赤室学園、“ワケあり”生徒の蟲毒市場。 何が起きようと納得するしかない。
「しっかし入念な下準備ね、山田の奴本気で勝ちに来てるわよ」
「まあ相手も願いを叶えたいわけですからね、全員本気でしょう」
「それはそうだけど、山田はあんたが欲しくて頑張ってるのよ? モテる女はつらいわねー?」
「からかわないでくださいよ、忍愛さんも実際はほかに叶えたい願いがあるんじゃないですか?」
「……ふーん? おかき、あんたってそのうち背中から刺されそうね」
「急になんてこと言うんですか甘音さん」
結局その回は磯野たちの健闘も空しく、1点も取れないまま攻守交代を迎えた。
忍愛は守備範囲から一歩も動かず体力を温存、最高のコンディションを保ったまま打席へと立つ。
ゆえに、2回の裏の結果は妥当ともいえる。
「―――――ホームラァーン!! いやー、走者が溜まってないのがもったいないねぇ」
「ん、なぁ……!」
忍愛の鋭いスイングで一直線に飛んだ打球は、電光掲示板へ直撃。
記念すべき初得点は、チーム・山田のキャプテンが直々に叩きつけたものだった。
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