第67話

「はぁー……」


「なんやおかき、そない辛気臭い顔して。 週末になにかあったん?」


「いろいろとあった上に、期待して開けたプレゼント箱が空だったような……」


 HR前の貴重な朝の時間、おかきは自分の机に突っ伏したまま力なく項垂れていた。

 アクタに振り回された疲労と、SICKのデータベースから期待した情報が得られなかった徒労。

 2つの要因が重なり、学園へ帰ってきたおかきは気力が空になっていた。


「なーに、いっちょ前にブルーマンデー症候群? やる気が出せるお薬(未承認)ならあるけど」


「謹んでお断りします、鬱というわけではないので」


「なんや悩み事か? またアホの山田にちょっかいでもかけられたんか」


「そういうわけではなくてですね……ウカさん、大事なことを調べようとして検索結果が0件だった時ってどういう場合だと思います?」


「ん? それはそうやな……」


 学生たちの手前、おかきはぼかした表現で伝えたが、ウカはそれを察して思案する。

 

「なになに、秘密の話? 私聞いてもいいやつ?」


「大丈夫ですよ、まだ何も掴んでいない段階なので」


「何も見つからなかったってがホンマなら相当やな、SICKアレの検索エンジンは優秀やで」


 ウカの言う通り、おかきもSICKデータベースの性能については理解しているつもりだ。

 数時間前に発生した酔っ払いの喧嘩やかつて世間を騒がせた未解決犯罪まで、SICKが把握していない事件の方が少ない。

 それでもおかきが知りたかった、「早乙女 雄太の父親が失踪した事件」については何の手掛かりも残されてはいなかった。


「……簡単な概要だけはすぐに見つかりました、しかしそれ以上踏み込んだ情報は黒塗りすら出てきません」


 新聞の切り抜きらしい画像と、原稿用紙1枚にも満たない注釈。 おかきが閲覧できた内容はそれがすべてだった。

 SICKで取り扱う事件や異常現象に関する情報は、閲覧する職員によって文章の一部が黒塗りで隠されることも多い。

 それでも塗りつぶしすらなく、明らかに見える情報が少ないというのは初めてだった。


「んー、おかきもアクタ事件この前の活躍認められて階級は多少上がったはずなんやけどな」


「認められたんですかね、あの後局長にもたっぷり怒られましたけど」


「私も又聞きだけどおかきが悪いわよ」


「んー、キューちゃんとかに聞いてみたん?」


「残念ながらアクタの後始末で忙しく、とても声をかける暇はありませんでしたね。 次の機会があれば聞いてみます」


「はーいみんな席についてー、早くしないと先生お酒飲んじゃいまーす」


「2人とも、酔っ払いが来たわ。 また後にしましょう」


 HRを知らせるチャイムが鳴り、ほぼ同時に頬を赤らめた飯酒盃が教室へ入ってくる。

 名残惜しくもぱらぱらと生徒たちが席に着く中、おかきはなお突っ伏したまま思考に耽っていた。


「……もしも閲覧に必要な階級が足りないなら、父さんの失踪に何が隠されている?」


――――――――…………

――――……

――…


「お嬢、そっちはどないや?」


「質はともかく頭数は揃えたわ、これでようやくスタートラインってところね」


「ガハラ様がなんでも奢ってくれるってんで参加しまーす!」


「おなじくー!」


「我ら山田に一泡吹かせたい組でーす!!」


「おなしゃーす!!!」


「群雄割拠ですね」


「烏合の衆とも言えるで」


 球技大会に向けて自由時間が設けられた5時限目の体育では、ようやくそろったメンバーの顔合わせが行われていた。

 男女混合、あまり運動が得意とは思えない体格の生徒も混ざっているのはご愛敬。

 ぱっと見で寄せ集めとわかる面子に、ウカは先行き不安と言わんばかりに頭を抱えた。


「いっそ競技をソフトボールに変えましょうか?」


「あかん、そっちはすでにほかの連中がエントリー済ませてんねん。 いまさら代わってくれとは言えんしな」


「それに私たちが出場先を変えるって言えば当然山田もついてくるからね、迷惑はかけられないわ」


「それもそうですか。 けどなんで忍愛さんは私なんか欲しがるんですかね?」


 おかきにはそれがずっと疑問だった、探偵として解けない謎ほど気持ち悪いものはない。

 同じ学園に通っている以上、顔を合わせる機会はいくらでもある。 現に昼休みや放課後ならウカへ絡む忍愛の姿をおかきは何度も目撃していた。

 わざわざクラス替えを叶えるためだけに、理事長への願いを使う価値があるとは思えなかった。


「んー、うちはなんとなくわかるけど知らんなら知らんでええねん。 あいつのこと考える時間がもったいないわ」


「ずいぶん忍愛さんのことを嫌いますよね、ウカさんは」


「別に嫌いってわけやないけど、そりが合わんのはたしかやな。 あと油断して褒めるとすぐ調子に乗って鬱陶しいねんあいつ」


「おかきも気を付けなさいよ、褒めるだけ際限なく天狗になって最後は大ゴケするのが山田という人間だから」


「そうだそうだ!!」


「可愛くなかったら刃傷沙汰だからな!!」


「ガキが……嘗めてると潰すぞ……!!」


「私より乳デカい人間はみな滅びるべき!!!」


「皆さんからの恨みが深い」


「さ、時間もないし練習や練習! 今回こそ山田のカスをぎゃふんと言わせたる!!」


「「「「おおー!!!」」」」


 ウカの指揮にメンバー全員の心(あるいは殺意)が一つにまとまった。

 球技大会に挑むというには少し殺伐とした雰囲気だが、山田に勝つにはこれぐらいの意気込みが必要なのかもしれないと、おかきは黙って遠目から眺める。

 

「……勝てるかなー、ウカさんたち」


 正直なところ、おかきとしては球技大会の勝敗はどちらでもいいと考えている。

 甘音たちと距離が離れるのは残念だが、たとえ山田と同じクラスになったところでなにか大きなデメリットがあるわけでもない。

 ただ口にするにはあまりに無粋で、なによりみんなで結託するこの雰囲気が楽しくて、黙っていた。


「……ふふっ。 まだかなぁ、本番」


 もちろん挑むなら勝つつもりではいる、ただそれ以上に初めての球技大会がおかきには楽しみだった。

 勝っても負けても楽しもう、心に決めて待つことはや一週間。


 待ちに待った球技大会は、あっという間に訪れるのだった。

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