第66話

『警告! 警告! B-2セクターより異常能力者が一名食堂方面に脱走、直ちに武装職員は周辺を封鎖し鎮圧行動へ移行してください!』


「アクタ、何をやってんですかあなたは」


「だって探偵さんに会いたかったもの」


「愛ってすごいね、局長」


「私に話を振るな、今頭痛で忙しい」


 食堂中の視線が一斉におかきたちへ集まる。

 けたたましいアラームとともに聞こえてくるアナウンスは、目前のアクタに対するものだ。

 彼女の背後に見える景色は、破壊こそそれほどでもないが一面黒焦げに煤けていた。 両手を拘束されてもなお、あらゆるものを爆発させる異常能力は健在である。


「君には常に3名以上の武装職員が監視に当たっていたはずだが、どうやって抜け出した?」


「職員さんたちのため込んでいた不満を突っついて爆発させて、その隙にちょっと色々と頑張っちゃった♪」


「頑張っちゃった♪じゃあないんだよ、散歩気分でおいらたちの基地をポンポン爆破されちゃ困るんだよねぇ」


「アクタ、大人しくしてください」


「はい」


 おかきに命じられると、アクタは器用に足で椅子を引いて愛しい探偵の隣に座る。

 その顔は満面の笑みで、通路中を煤まみれにした爆弾魔と同一人物とは思えない。


「ひどい火傷ですね、屋上で見た時にはなかったはずですが」


「探偵さんに会うんだもの、あの時はお化粧してたわ」


「なんだ、おかきはずいぶんと愛されているな」


「おかきちゃんに暴かれた爆弾や謎は”安全だ”と認識できるらしいよ。 彼女の見える世界だと貴重な安置を作ってくれる存在だ、愛したくもなるさ」


「私としては複雑な心境ですけどね」


「大丈夫よ、探偵さんとの賭けに負けたんだもの。 できるだけこの力とも仲よくしようって決めたわ」


 周囲の避難が終わり、テーザー銃を構えた武装職員たちに囲まれてもアクタは変わらずおかきの隣を独占する。

 職員たちから感じるプレッシャーに視線で局長へ助けを求めるおかきだが、そのSOSは無情にも首を横に振られて拒絶される。


「君を呼んだのはアクタのガス抜きもかねてだ、見ての通り彼女の爆破技術はSICKの監視すらすり抜ける。 SICK職員1人の犠牲で救われる世界があるんだ、耐えてくれ」


「特別手当を希望します……」


「おいらが経理に打診しておこう。 アクタ、これで君の望みは叶えられたかな?」


「んー、もう少しおしゃべりさせて。 探偵さん引き抜かれちゃうって本当?」


「球技大会のことですか? 忍愛さんから花いちもんめされましてね」


「あーの子がほしい、ってことね。 それって私も参戦できる?」


「…………局長?」


「駄目だ、さすがにそれは許可できない」


「えー、いけずー。 じゃあ探偵さん、人体が爆散するツボ教えるからうまく使ってね」


「局長、もう帰っていいですか?」


「すまん、もう少しだけ付き合ってくれ」


――――――――…………

――――……

――…


「いやー、悪いねおかきちゃん! 君のおかげで世界は救われた、感謝の念しかない!」


「テーザー銃に囲まれながらアクタにすり寄られるのは恐怖でしかないんですよ……」


「わはは、許しておくれ」


 憔悴しきった顔のおかきが解放されたのは、あれから3時間後のことだった。

 満足したアクタは自分の脚で収容室に戻り、彼女がまき散らした爆破の痕跡はおよそ30分と掛からず清掃された。

 残ったものと言えば、テーブルにぐったりと伏せたおかきの疲労ぐらいだろう。


「これだけ頑張ったんですから、今度は私のお願いを聞いてもらいますよ」


「わかってるさ。 これカードキー、資料室の場所は分かる?」


「主要な場所は覚えてます。 では私はこれで」


「おつかれちゃん、君の部屋は空けてあるから今日は泊っていきなよー」


「お気遣いどうもありがとうございますー」


 宮古野からセキュリティカードを受け取ったおかきは、わざわざSICKまで足を運んだもう一つの理由を果たすために重い体を起こす。

 目指すは食堂からそう離れていない第一資料室、現在おかきの権限で閲覧できる資料が集められた場所だ。


「藍上さん、お勤めご苦労様です!」


「藍上さん、お疲れのようですがメディカルチェックは受けましたか?」


「おかきちゃーん、ドーナツ作ったんだけど食べない? 食べて食べて~」


「あはは、どうもどうも……申し訳ないですけど、今は先を急いでいるので」


 道すがら、通りすがる職員たちと挨拶を交わすおかき。

 異常存在カフカであるおかきたちを警戒する人物も少なくないが、こうして好意的に接してくれる職員の方が圧倒的に多い。

 そのうえ、アクタの事件を解決してからというもの、尊敬や好意的な感情を向けられることがより多くなった。


「……それも、“藍上おかき”だからですかね」


 目的の部屋に着き、セキュリティカードをかざしながらおかきは独りごとを漏らす。

 自動で開く扉へ体を滑り込ませるようにして部屋に入ると、おかきの鼻孔いっぱいに古びた紙の臭いが広がった。

 室内一杯に並べられた棚に隙間なく詰め込まれた資料は、部屋の奥に設置されたPCで検索が掛けられるように電子化されている。


「………………」


 乾く喉でつばを飲み込み、おかきはPCのキーボードを叩く。

 検索システムは非常に快適だ、これも宮古野が構築したフォーマットだろうか。

 該当する事件の日付やキーワードを打ち込み……藍上 おかきは、震える指でエンターキーを押した。


「…………どうして」


 画面に表示されたのは、真っ白な画面と「検索結果:0件」という簡素な表示。

 名探偵が求める事件の謎は、いまだ暗い闇の中に隠されたままだった。

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