第8話

「ふぅん、あれが例の新人ちゃんかぁ……」


 1人の少女が、街を歩くおかきたちの姿を見下ろす。

 彼女が立っているのは、高層ビルの一角。

 その壁面にまるで足が張り付いているかのように、はるか真下の地面と並行な形で立っていた。


「センパイよりは可愛いけど、まだロリっぽいしぃ……やっぱりボクの方が可愛いかな!」


 指で作ったフォーカスの中におかきを捉えた少女は、何やら納得した顔でしきりに頷く。

 そのまま満足した少女はその場から立ち去ろうとするが、不意に懐の携帯が着信を鳴らした。


「げっ……やっぱり顔出してないから怒ってるな〜」


 少女は携帯を取り出し、画面に表示された名前に苦い顔を見せる。

 その端末は、おかきが支給されたものと同じくSICKから支給される特殊なものだった。


「……しーらないっと、もう少し遊んでから帰りまーす」


 いつまでもコールを続ける端末を無視し、少女は壁面から足を離す。

 そのままビルを跳び立った彼女は、立ち並ぶ建物を風のように駆け出していった。


――――――――…………

――――……

――…


「ど、どうですか……?」


「おー、やっぱり素材が良いとなんでも似合うもんやな」


「きゃー! お似合いですよお客さまー♪」


 おかきが試着室のカーテンを捲ると、ウカと店員が揃えて感嘆の声を漏らす。

 鏡に映ったおかきの姿は、ロゴ入りTシャツの上に大きめのコートを羽織り、長く伸びた髪も纏め、カーゴパンツを履いたボーイッシュなファッションだ。


「てっきり大阪チックなヒョウ柄コーデになるかと……」


「ワハハええ度胸やな、こっち来いおどれをくいだおれ太郎にしたるわ」


「はははやだな冗談ですよ冗談……ありがとうございます、気に入りました」


 いきなりガーリーなファッションを勧められるよりは、こういった中性的な服装の方がおかきにとってはありがたかった。

 ウカもきっと、カフカとなったばかりの後輩を思って用意してくれたのだろう。

 快活とした中に思いやりのある良い先輩だ。


「よっしゃ、ほな次行こか。 店員さーん!」


「はいはーい♪ それじゃ次は秋物のおすすめワンピースを使ったコーデにしましょう!」


「えっ」


「チェック柄よりは髪色に合わせてアンティーク調で〜、お客さまの印象ですと小物を添えて大人っぽさを演出させて……」


「あ、あの……ウカさん?」


「一着じゃ全然足りんやろ? TPOに合わせた使い分けも必要やからな、しばらくマネキンになってもらうでー」


 気がつけば、おかきの周りにはわらわらと店員が集まっている。

 極上の素材を前にして、好きに着せ替えて良いと言われ、火のつかない店員はいない。 さながらその姿は餌に集まる鯉のようだった。


「バンギャ!」「ゴスロリ!」「アリス!」「地雷系!!」


「ほなうちも自分の服買ってくるわ、また後でなー」


「ひ、人でなし……!!」


 エンジンが掛かった店員たちに気圧され、おかきが解放されたのは10着を超える着替えが終わったころだ。

 しかし何よりおかきが驚いたのは、試着した品をすべて二つ返事で購入したウカと、レシートに記載された服の代金だった。


――――――――…………

――――……

――…


「や、家賃が一年分……いやそれ以上が一瞬で……」


 買い物を無事に終えた2人は、そのまま手ごろなファミレスへと足を運んだ。

 着せ替え人形にされている間にも時刻はちょうどお昼ごろ、昼食をとるにはちょうどいい時間だ。


「なんや、安いところに住んでたんやなおかき」


「たしかに高くはなかったですけど、それでも服に使うには大金ですよ……」


 おかきは小脇に置いた紙袋に、まるでまぶしいものを見るような視線を送る。

 中身は多種多様な服や下着、小物まで揃ったブランドの束。 そしてウカが一括で支払った額は軽く数十人の諭吉が出かける規模だ。

 

「気にせんでええよ、SICKの給料は知ってるやろ?」


「そりゃ知ってますけど、さすがに気が引ける金額ですよ」


「アッハッハ、おかきはええ子やなぁ! うちも当初は苦労したからな、後輩には同じ気持ち味わってほしくないねん」


「……ウカさんも元は男性だったんですね」


「せやで、うちはもともと神社に努めてたんやけどなぁ……勤め先とうちのガワになった小説がコラボするって話になってな」


「ああ、たまにありますよねそういうの」


 アニメや漫画とコラボし、過疎化した町や店を復興するという話は、おかきでもニュースで目にしたことがある。

 神社を題材にした作品ならそれこそいくらでもある、その中で選ばれたのが例の「御狐と更新料」という作品なのだろう。


「仕事で扱うなら自分でちゃんと知っとかんとあかんと思ってなー、1巻から買って読んでみたら……ハマったわ」


「それでカフカのモデルに選ばれたと」


「そういう事やろな……当時は大変やったで、あやうく現人神として祀られるところや」


「それは……よく収拾がつきましたね」


「おう、人が記憶消されるところ初めて見たで」


 からからと笑うウカだが、その目は一切笑ってはいない。

 天災児、宮古野 究の科学力を考えれば、それこそMIBのように人の記憶を消去できてもおかしくはない話だ。


「まあうちの話より飯にしようや、ファミレス来るのも久々……おっ? 噂をすれば局長から連絡やな」


「緊急の招集ですか?」


「いや、あー……11号の奴がまーた単独行動しとるわ、見つけたら引きずってでも連れてこいってメールやな」


 ウカが白けた顔をして、手にした端末をひらひらと振って見せる。

 話の内容からして11号とは11番目のカフカ患者、つまりおかきの2つ先輩にあたる人物のことだろう。


「どういう人なんですか、その先輩?」


「いけ好かんやつや。 生意気わがまま言うこと聞かん、おかきもピンク髪のデカチチ見つけたら気ぃつけてな」


「ピンク髪のデカチチ」


 思わず復唱してしまったのは、男だった時の性だろうか。


「まあいないやつの話してもしゃあないわ、おかきのことも聞かせてや」


「面白い話は何もありませんよ?」


「いやいや、家族の反応は鉄板やろー? うちなんてな、この格好になってから顔合わせたら両親揃って泡吹いてもうて」


「あー……両親がいないんですよ。 母親は借金残して浮気相手と失踪、父親も交通事故起こしていなくなってしまって」


「……す、すまん……配慮足らんかったわ……」


「いえ、過ぎたことなので気にしないでください」


 おかき《雄太》にとって現在家族と呼べるのは、実の姉だけだ。

 父は借金を背負いながらも懸命に息子たちの世話を焼いてくれた良き親だったが、それも10年ほど昔の記憶だ。

 母親の記憶はもっと古く、薄い。 女の子を欲していた母親は、姉ばかりを可愛がり、弟である雄太はほとんどいないものとして扱っていた。


 ……もしも今の彼女が「藍上おかき」の姿を見たらどう思うのか、そのことが少しおかきには気になった。


「……まあ、いない人のことを話しても仕方ないですね。 それより良い加減注文しないと店員からの視線が痛いです」


「お、おお……せやな、おかきは何食いたい? なんでも頼んでええで」


「そうですね、私は……ん?」


 メニュー表を見るおかきの視線が、店の出入り口へと向けられる。

 そこにはちょうど一組の男女が入店してきたところでだ。


「おかき? どした、知り合いでも見つけたか?」


「いえ、知り合いではないんですけどあそこの2人が気になって」


 親娘ほど歳の離れた2人だが、とても家族団欒という雰囲気ではない。

 推定40代ほどの父親は神経質に周囲を見渡し、娘は全く笑わず顔を青く染めている。

 具合が悪いのか、それにしては父親が一切娘を気にかけないのが不自然だ。


「んー……ずいぶん厚着やなあの2人、まだ秋やで」


「……ウカさん、局長たちに通話を繋げてください」


「へっ? ……おう、わかった」


 おかきの姿を見て、ウカもただならぬ空気を感じとったのだろう、行動は早かった。

 その間もおかきは出入り口の2人から目を離せないでいた。 グルグルと頭の中をめぐる自分の予想が、できれば外れてほしいと願いながら。


「もしもし局長? うん、今な、ちょっと……」


「ぜ、全員その場から動くなぁ!!!」


 だが、おかきの願いも虚しく、男の声が響き渡る

 そして一斉に店内の視線を向けられた男は、自らのコートを捲り、その下に隠されたものを露わにした。


「ひ、ひひ……お前ら1人でも動いたらなぁ、全員ぶっ飛ぶぞぉ!!」


「……あー、もしもし局長? どうやらピンチっぽいわ、今」


 男女の腹には、ベルト状に巻かれたダイナマイトの束と、その上に数字を表示したモニター……いわゆる時限爆弾が張り付いていた。

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