ある新幹線の謎

三斤

ある新幹線の謎

 初秋のことだった。私は就職活動の一環で、仙台から単身、東京へと繰り出していた。その旅先でもなにかと事件は起こったのだが、その話はまた今度にしたい。

 一晩を友人の家でお世話になり、昼過ぎまで観光をして、私はひとり東北新幹線に乗り込んだ。東北新幹線は、東京―新青森間を約三時間で縦断する。この時期、北上するにつれて高くなっていく秋空を車窓から眺めるのが好きなのだが、発車十五分前に指定席を発券したため、三つ並び通路側の席しかとることが出来なかった。時間に余裕があれば後ろの号に乗っても良かったのだが、生憎と夜に仙台で予定があった。この新幹線を逃せば遅刻してしまう。

 新幹線に乗車し、自分の号車まで通路を進む。通路側の席は見る限りかなり空きがあるが、確かに窓際はしっかりと埋まっている。私は自分の席をみつけ、物置に鞄を載せて腰を下ろす。窓側に座っていた男性は私の存在に気付くと一瞥し、すぐさまスマートフォンに目を落とした。

 席に着いてすぐに新幹線は加速をはじめ、東京の地を遠いものにする。巡回に来ていた車掌とたまたま目が合い会釈をすると、帽子を触る程度の軽い敬礼で返してくれた。

 私は旅の疲れに小さく息を一つつき、窓の外に目を向ける。綺麗な鱗雲だった。しかしなにぶん通路側の席から窓までは距離が遠い。隣の男性も、自分を見られているようできっと居心地が悪いことだろう。

 まあ、たまには現在位置も分からぬまま、時速300kmで書の世界に身を委ねるのもいい。そう考えていた矢先の出来事だった。

 それは埼玉の大宮駅から乗車してきた青年によって引き起こされた。彼の青年は、私のはす向こうに座っている男女二人に何やら声をかけた。低頭低姿勢な青年はしきりに頭を下げていたのだが、なにやらその後二言三言交わすと、その男女は席を立ち、男性は後ろの列へ、女性は別の車両へと移動し、青年がその場所に座ったではないか。

 だれでも、そして私でもパッと思いついたのは、その男女二人共が席を間違えていたという可能性である。新幹線には自由席と指定席が連結している場合もあるが、この車両は指定席のみだ。席を間違えていて、それを指摘されれば、そこから退くのも当然の話だろう。納得し、開きかけていた文庫本に目を落とす。

 ……ふむ。

 本を読み進めて少し経ち、私にはあの男女がただ間違えていたというだけでは納得の出来ない要素があることに気付いた。それは次第に頭の中でぐるぐると渦巻いていく。

 その要素とは『二人とも』そして『別々の方向』に向かって席を離れていったという点だ。

 別の方向に席を離れたということは、つまり二人の男女は知り合いでは無く、赤の他人だということになる。果たして、互いに面識のない男女二人が『たまたま同時に』『たまたま同じ並びで』席を間違えることなどあるのだろうか。

 埼玉―仙台間は距離にして約300km、新幹線に換算すれば約一時間だ。辿り着いた考えが間違っていたって良い。どうせ暇なら、少し考えてみることにしよう。

 まず私は、青年について考えてみた。おおむね二十代、童顔だったとしても三十代程度の細身の青年は、男女の後から乗って来て今ははす向かいの窓側席に座っている。青年の要求が通ったわけだから、席の予約は青年がしていたに違いない。正しい持ち主に席が渡るのは当たり前のことなのだから、何もおかしいことは無い。

 しかしここで一つ、整理しておくべき点がある。それは、後から乗ってきた青年一人に対し、席を離れたのは男女二人だということだ。窓側に座っていた男性、通路側に座っていた女性、もし間違っていたのが一名だけならば、通路側に座っていた男性の席に青年が座り、それで話は終わる。

 しかし実際には、窓側に座っていた女性すらも席を離れた。つまり男性も女性も、チケットを間違っていたということだ。これはとても大事な事実だ。

 憶えているだろうか。いま私が座っている席は通路側だということを。そう、私は窓側の席が足りないから通路側に配置されたのではなかったか。

 東北新幹線はやぶさは、二―三の一列五席が全席指定で並んでいる。私のはす向こうである青年の位置は二席が連結していて、二席に間隔はない。

 もしも私のような一人客がこの新幹線の指定席を予約するのであれば、余程の事、例えば予約者の強い要望が無い限りは、三席連結の通路側に席を取るだろう。同じ通路側であれば、特段他人と肩を寄せ合う二席連結に座ろうという人間はいない。

 周りをぐるりと見渡してみるが、少なくとも私の座る縦前方の通路側席には、誰も乗っていない。他の号車もたしかこの程度の込み具合だったはずだ。だから、三席連結通路側が埋まっていて席を予約できなかったということはないだろう。

 そして彼女は違った。彼女には確かに、二席連結通路側に座らなければならない理由が有ったのだ。

 では、それは何か。

 実は私はここまでの推測で、二席連結通路側が三席連結通路側よりも優れている点に一つ気付いていた。いや、優れているというのは少し表現が間違っているかもしれないが。

 率直に言ってしまえばそれは、『誰も予約しない』という点だ。

 誰も予約をしないということは、他の誰かと席が被ってしまうということがないということだ。

 指定席のみの新幹線であるのだから、予約した席が被らないのは当たり前だろうというかもしれない。だが、もしも彼女が持っているチケットが『誰かと被るかもしれない』チケットだったならばその話は別だ。

 新幹線の席には指定席の他に自由席が存在する。どこに座ってもいい反面、席が埋まってしまえば立ち乗りの可能性もある。その代わりに値段は安い。

 もしかしたら彼女の持っていたチケットは、この快速はやぶさの指定席のチケットでは無く、別の自由席車両を搭載した仙台行き新幹線のチケットだったのではないだろうか。そして彼女は、通常よりも安価な値段で快速指定席に乗り、それが席の座り間違いをめぐるトラブルで判明しそうになったために、席を後にしたのではないだろうか。

 新幹線の駅のホームにはどのチケットであっても入ることが出来るし、どの車両に乗るときにも確認などされることはない。つまり違う車両だとしても、行き先さえ同じであれば問題なく乗車出来てしまう。車掌の巡回も確かにあるが、一時間半という短い旅程で、そう何度も念入りに巡回することはない。精々が出発直後に一度見回りする程度だ。

 新幹線のどの席が予約済みかを知る術は、限られているが存在する。ウェブで調べれば、どの席が空いていて予約可能かが分かる。その空いている席に乗ればいいわけだ。だが発車直前の駆け込みや、ウェブへの反映にも時間が掛かるため確実とは言い難い。その確実性をより高めるための方法が、二席連結通路側に座る事なのだ。

 二席連結の通路側は一人しか座れない。そして一人であれば、三席連結に席をとることは当然の流れだ。予約者と席が被ってしまう可能性を限りなくゼロに近づけ、チケットを照合される可能性を極限まで減らせるのだ。

 わざわざ他人と肩を並べる物好きなどそうはいない。隣に座っている人物に「貴方の席は本当にここですか?」などと尋ねるような人間も私は見たことが無い。

 だが今回に限ってはそれが裏目に出た。

 おそらく男性側は本当に席を間違えていたのだろう。すぐに後ろの列の席にすわったことからもそれが分かる。だが男性は青年に指摘されたときにこう考えたはずだ。『もしかしたら自分の席は通路側なのではないか?』と。そしてその流れで、隣の女性のチケットを確認しようとするのは決しておかしな話ではない。

 そして女性は、チケットを誰にも見せず、その席をそそくさと去っていたのかもしれない――。

 快速はやぶさ号に比べて、各駅停車の新幹線では東京―仙台間に約四十分多く時間が掛かり、値段は約千円の差がある。

 この時間と金銭の価値をどう捉えるか。罪を犯してまでの価値があるのだろうか。

 私は探偵でもなければ警察でもない、ただの小説家だ。車掌に確認するつもりもなければ、犯罪の可能性を開示することもない。面白ければ、真実など道端の犬に食わせてしまえばいい。

 だがもしも私の妄想が真であるのならば、今日、あの女性の眠りは深いものなのかどうか。

 それだけが気になった。

 


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ある新幹線の謎 三斤 @yakinori6mai

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