2話 幸せな日常

 ――チリチリチリ。


 握っているコントローラーの、スピーカーから流れる音。

 画面左下に表示される体力バーの右側にある放射能数値。通称RADラド値。

 それが徐々に左側に数値バーが伸び、体力へ侵食してくる。


「うわっ! ここ、放射能やばっ!」


 放射能がある所ではこのチリチリ音が鳴る。緊張感がある。

 E.o.W.ファンにはこのチリチリ音がたまらない。テンションが爆上がりだ。


「ねぇ大輔、実際こんな世界になったら、チリチリ音するかな? はははっ」

「するわけねぇだろ。本当バカだな」


 いや、本当に音がするとは誰も思っていない。

 大輔はたまに冗談が通じない時があって、本気で返してくる。


「うわ! ここの水、やばくない? RAD値10ずつ減ってるよ。死ぬって! 私、放射能スーツ今ないんだから」

「ふっ! 持ってきてないやつが悪いだろ、それ」


 放射能スーツは、放射能を軽減出来るという性能以外は何の意味もない。

 他の耐性がほぼ皆無だから、あまり着用する事も持ち歩く事もない。


 大輔は、私を横目で見るとバカにしたように鼻で笑う。

 そんな大輔に内心イラッとしながら、目的のダンジョンに向かう。


「ね、ここのダンジョン行った?」


 私は超がつく程の方向音痴。

 迷路のようなダンジョンを行ったり来たり。

 一人じゃクリアする事すらままらない時もある。


 ミュータントがミニガンをぶっぱなし、木刀や薙刀を振り回し悪戦苦闘。

 帰りたくても帰る道すら分からない。

 この方向音痴には何年も付き合ってきたが、さすがに嫌気がさす。


「ん? クリアしたけど。なに、クリアできないの?」


 その笑いを我慢するような含みのある言い方、どうにかならないのかね……。

 まぁでも、私は何だかんだ言っていつも大輔を頼っている。だからあまり強く言えないのが現実だ。


 大輔は私とは真逆で、方向音痴とは縁も遠い存在だ。


 いつも同じ所をぐるぐると駆け巡り、敵の死体を見て「あ、ここ来た所だ」などとボヤいていると、大輔は横で笑っている。

 苦戦している私を見て楽しんでいるのだろうが、結局最後には教えてくれて、そのお陰でクリア出来たダンジョンも数知れない。


 普段はドがつく程のSだけど実は優しい。

 そういう所が大輔と一緒にいる理由なのかもしれない。


「あ、ミュータントだ! ここ来てないとこ! うわっ、強っ。あ……死んだ」


 油断しているとすぐに殺される。それがE.o.W.。


 実際にこんな世界になったら誰も助けてはくれないだろう。自分だけが頼りなのだから。


 こんな世界になってはいないし、なる予定もないだろうから、私は単に「大輔が助けてくれる」と甘えているだけなのかもしれない。


 E.o.W.では基本的にL.A.T.E.レイトという特殊技能が物凄く便利だ。時間の流れをかなり遅くさせるというもの。

 寧ろこれがなければまともに戦えない。

 まぁ、それでも死ぬ時は死ぬのだが⋯⋯。


 L.A.T.E.使用時にはAPアクションポイントを使って敵を定め、所持している武器で攻撃する事が出来る。

 それが銃なら、弾を込める事が可能。つまり、APの分だけ敵に弾丸を撃ち込めるという事だ。


 L.A.T.E.を起動し残りAPの分だけ弾を込める。

 そして敵にターゲットを合わせ撃ち込む。これが何気に気持ちいいのだ。

 迷ったらとりあえずAPを高くしておけば、その分銃を連発出来るからAPは何気に物凄く大事。

 この世界では、AP管理が生死を分けると言っても過言ではない。


 それにしても――


 死ぬまで助けてくれないなんて、大輔も意地が悪い。

 私は頬を膨らまし大輔を睨み付けた。


「いやいやいや、俺のせいじゃないでしょ」


 最もだ。


 しかし何かと大輔が助けてくれるという甘い考えを持っている私は、大輔がいなければ何も出来ない。


 深いため息をつき再びダンジョンの入口へ戻される。


 ミュータントはあまりいい物を持っていないから、倒しても意味がないような気もしないでもないが……。

 ドロップするのは大抵、近接武器のみ。たまにミニガンとか持っているけど、重量が凄まじい。

 売値はそこそこ高いから、バックパックに余裕があれば持って帰るけど。


「お前、まだそこなの? 相変わらず遅いな」

「うっさい!」


 ゲームの進捗度が早い大輔とは違い、私はかなり遅いほうだ。

 ゆっくりやりたいタイプだから別にいいんだけど、遅い遅いと横から言われると耳が痛い。


 しかし進捗度が遅いのと集中力があるのはイコールではない。


 E.o.W.の天敵――それは"地雷"。

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