第83話* 黒田順一2

 黒田順一はパラダイスワンに向かっていた。

 パラダイスワンに今もいるかもしれない玲を、いや、玲だったモノを、放っておくわけにはいかない。せめて、確実に殺し、弔ってやらなければいけない。

 順一はそう信じていた。


 途中で、避難ゲートの方へと走っていく自衛兵団の少年達と何度もすれ違った。


(犬養は、木根にやられたか)


 順一は今日、短い睡眠をとって目覚めてからずっと避難ゲートを張っていたため、犬養の作戦の具体的な内容は知らなかった。だが、そうなる気がしていた。

 順一は時計を確認し、国防軍の攻撃開始までの時間とパラダイスワンで必要な時間を計算した。

 あまり時間はない。だが、少しならある。

 順一は決めた。


(木根を討つ。良太たちの仇を取る)


 順一はバスの音を探した。

 避難途中の自衛兵団員が、「バスがゾンビを連れて来た」、「ゾンビの王がバスを運転している」と怯えた様子で言っていたためだ。

 パンデミック前には市内を巡回していた無人運転バスを、木根文亮が乗っ取ったらしい。

 順一はバスを見つけ次第、アサルトライフルで銃弾を撃ちこむことに決めた。


 最初に見つけたバスは無人だった。

 2台目のバスにはロボットが一体乗っていて、順一を見つけると手を振りながら笑顔で挨拶してきた。

 3台目のバスにはロボットが一体の他に、木根らしき人影が見えた。だが、銃弾で人影を蜂の巣にした後で確認したら、それはただのマネキンだった。

 マネキンの破片を踏みつぶしながら、黒田順一は悟った。


 どうやら、バスはただの囮らしい。バスを追うのは時間の無駄だ。

 木根文亮にまんまと遊ばれてしまった。

 

(くだらない。パラダイスワンに向かおう)


 時間はもうあまりない。国防軍の軍事作戦が始まる前にすべてを終わらせないといけないのだ。

 ところが、移動中、黒田順一はまたも動いているバスに遭遇した。

 ほとんど機械的に順一はタイヤに銃弾をあてた。パンクしたバスはコントロールを失いガードレールと電柱に衝突した。


 バスのドアを銃で破壊して蹴り開けると、後部座席に怯えた様子の少女が座っていた。

 この少女は、まだ中学生くらいだろう。

 見た所、少女の顔にゾンビマークは浮かんでいない。仕草もゾンビのものではない。おそらく、非感染者の少女だ。 


(なぜ、非感染者が乗っている? まだ避難していない少女がいたのか?)


 少女とは反対側、運転席側の座席には、ロボットがいた。ロボットは自分でシートベルトをはずして立ち上がり、黒田の方をむいて笑顔で手をふった。

 これまでも同じタイプの接客用ロボットがバスに乗っていた。

 あの接客用ロボットは、以前から色んな店舗で見かけたが、順一はあのロボットがバスに乗っているのは見たことがなかった。

 あやしい。


 黒田順一は車内をさらに確認した。

 ロボットの向こう、運転席の辺りに、足が2本、逆さまに突き出ていた。


(あれは、なんだ? 誰だ?)


 どうやら、バスに乗っていた男が、事故の衝撃で運転席に頭から逆さまにつっこんだようだ。

 生きているのか、すでに死体なのかは、わからない。

 順一は怪しい2本の足の正体を確認しようと思った。

 だが、近づこうとしたとたん、通路に立っていたロボットが、突然、踊りだした。

「みんな、たのしくおどろうね!」と言いながら踊っているロボットが邪魔で、運転席に近づけない。


(ポンコツロボめ……)


 順一の記憶によれば、この接客ロボットは昔から突然トンチンカンなことを言い出したりする、ちょっとポンコツなAIを搭載していた。

 邪魔なロボットを銃で破壊して進もうか迷ったが、順一は車内に少女がいることを思い出し、引き金を引く前に少女にたずねた。


「ひっくり返っているアレは、誰だ?」


 内気そうな少女は目をそむけたまま、小さなか細い声で「菊池さんです」と答えた。

 

「菊池……? 自衛兵団の団員か?」


 少女は不安そうに曖昧にうなずいた。 

 運転席から突き出る両足は、高校の制服らしきスラックスをはいている。

 今、この隔離地区内で高校の制服を着ている者は、自衛兵団の団員だけのはずだ。

 そして、腕にはたしかに自衛兵団の腕章をつけている。

 だが、菊池という団員を、順一は思い出せなかった。


 菊池の頭は運転席の下に入っている。運転席の下から引っ張り出さない限り、顔は見えない。

 2本の足を睨みながら、順一は考えた。

 何かが引っかかる。

 はっきり何がとはいえないが、何かがあやしい。


「菊池さんは、わたしを避難させようとしてくれてたんです」


 少女は震える声でさらにそう言った。

 自衛兵団員が避難民を見つければ、助けるのは当たり前の行動だ。矛盾はなかった。


(本当に団員か……? だとすれば、助けるべきか?)


 運転席から菊池を引きずりだせば、生死が確認できるだろう。

 そして、顔を見れば、誰か思い出せるかもしれない。

 やはり顔を確認するのが一番確かだ。

 順一はそう判断したが、ロボットが相変わらず通路をふさいでいる。

 順一が邪魔なロボットの方に手を伸ばそうとした時。


「あの……」


 少女が順一に声をかけた。


「なんだ?」


「いえ、その……あの……その……」


 少女はそこで口ごもって、はっきりしたことを言わない。

 順一はイライラしてきた。

 無駄に時間を費やしている暇は、今の順一にはない。

 早くパラダイスワンに行かなくてはならない。

 刻一刻と国防軍の作戦開始時刻が迫ってくる。


「なんなんだ? はっきり言え!」


「その……その……」


 順一が怒鳴ると、少女は怯えた様子でそのまま黙りこんでしまった。

 少女は、まるで殺人鬼を前にしているかのように怯えて震えている。

 そんな少女の様子を見ていると、順一はますますイライラしてきた。


(なんで俺に怯える? まるで俺が……)


 そこで順一は自分が手に持つアサルトライフルと、他でもない自分がこのバスに銃弾を撃ちこんだことを思い出した。

 自分が恐怖されるに値する人間だという嫌な考えが一瞬浮かび、順一は舌打ちをして頭を振った。


(こいつらの相手をするのは、時間の無駄だ。助けてやる義理はない)


 そして、順一は普段ならしない決断をくだした。


「菊池のことは置いて、早く避難しろ。国防軍の軍事作戦開始が迫っている。のろのろしていると、死ぬぞ」


 そう少女に告げ、黒田順一は奇妙なバスを後にした。


 

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