第8話 学校からの脱出
1階に降りた俺は、そのまま近くの教室に駆けこもうと思った。
だけど、そこで俺の目にとびこんできたのは、金属バットで廊下の窓をたたき割る、血まみれの村田の姿だった。
村田は、なにかに憑りつかれたかのように、ひたすら全力で金属バットをふりまわしていた。窓枠のアルミサッシがひしゃげるほどの力で。
暴れる村田を見た俺は、階段下で思わず一瞬、立ちすくんだ。
村田はそんな俺を見つけると、口から泡をふきだしながら低い声で唸るように言った。
「ゾンビめ」
そう言う村田の顔にも、ゾンビマークがうかびつつある。
「おまえこそ」と言う間もなく、村田は金属バットをふりかぶり、俺にむかって襲いかかってきた。
(他のゾンビはおとなしかったのに。なんで、こいつは狂暴なんだ!?)
考えている暇はない。でも、たぶん、村田はまだ感染の初期段階で、ウイルスの脳への侵食が進んでいないんだろう。
俺は必死に村田の金属バットをよけた。
そこに、広瀬の包丁が飛んできて、俺の耳をかすって壁に突き刺さった。
続けざまに包丁の追撃が襲ってきた。
だけど、今度は、村田が横に振り回した金属バットが広瀬の包丁を打ち返した。
「キャッ」
不気味な姿の広瀬が、かわいらしい悲鳴をあげた。
村田が撃ち返した包丁は、ピッチャー返しのように広瀬の方にとんでいき、階段に刺さった。
ほぼ同時に、階段から跳び下りながら、高木が木刀で打ちかかってきた。
俺は頭を抱えて、しゃがみこんだ。それしかできなかった。
俺の頭上で金属バットと木刀が打ち鳴らされる音が響いた。
「ゾンビどもが! この学校を危険な場所にする奴は許さない。一匹残らず、駆逐してやる!」
高木はそう叫んだ。
(一番危険なのは、おまえ達だ!)
俺はそう言い返したかったけど、そんな余裕はない。
高木は再度、木刀で打ちかかった。今度は、村田にむかって。
村田は金属バットを振りまわし、木刀ごと高木をはね返した。高木は着地と同時に後ろに跳躍し間合いをとり、木刀を構えなおした。
村田は高木にむかって、むちゃくちゃに金属バットを振りまわしている。
一瞬、二人に存在を忘れられたような状態になった俺は、身を低くしたまま転がるようにその場から離れた。
村田と高木が金属バットと木刀で激しく打ち合っている隙に、俺はかがんだ姿勢のまま、近くの1年生の教室にとびこんだ。
教室の奥まで一気に走りこんで、後ろを振り返った。
村田が高木を力まかせに押し倒そうとしているのが、ガラスのなくなった窓ごしに見えた。
村田が高木にかみつきそうになったところで、村田の背に広瀬が包丁を突き刺した。
後ろにいるはずの広瀬をふきとばそうと、村田が腕をふりまわしている。
まだしばらく、あいつらに俺を追いかける余裕はなさそうだ。
今のうちに逃げよう。
俺は1階の教室の窓から外に出て、校舎裏の細い通路のような裏庭に出た。
俺の目の前には、学校の周囲を囲む高い塀がある。外に出るには、この壁を超えないといけない。
だけど、簡単にはのぼれそうにない。
早くしないと、村田か高木か広瀬か、あの戦いの勝者が俺を追いかけてくる。
あせりながら裏庭を壁づたいに走っていくと、塀のそばに机が置かれているのが見えた。
誰かが脱出するために机を移動したらしい。
机を足場に壁を登ろう。そう思って机に駆け寄った俺は、思わず立ちすくんだ。
地面が血液でぬかるんでいて、俺のうわばきが泥と血に染まった。
塀のそばに置かれた机も、よく見れば、半分くらいが血で染まっている。
そして、机の向こう側の地面で、なにかが蠢いている。
俺は、そっと、机の向こうをのぞき込んだ。
机の向こうには、全身を強く打ち、ありえない方向に曲がった死体、いや、ゾンビが落ちていた。
ゾンビは大きく開いた傷口や口から血を吹き出しながら、地面の上をうごめいている。全身の骨が折れているから、立ち上がることはできない。折れた手足で、蠢いている。
塀の上部についた血痕を見ると、このゾンビは、おそらく屋上から落ちて、塀にぶつかってから地面に落ちたのだろう。
ゾンビの肩には折れた矢が刺さっていた。
顔はほとんど無傷だったため、誰だか判別できた。
生徒会書記だった宇野だ。
でも、血まみれの歪んだ顔にはゾンビマークが浮かんでいて、ぱっと目には誰だかわからない。
俺はそこで思い出した。
視聴覚室に放置されていた加藤の死体には、切断されかけた跡があった。
加藤は宇野にノコギリで切られたのだろう。
きっと、その際に返り血をかぶり、宇野は感染した。そうでなくても、フェイスガードもなしにゾンビとノコギリで戦っていたら、いずれは返り血で感染する。
そして、宇野は発症した。
その後、おそらく犬養に弓で射られ、屋上から落とされたのだ。
犬養達は生徒会の仲間であろうと、感染者は皆殺しにするつもりらしい。
狂っている。
あいつらは、何かが狂っている。
宇野の目が、何かを訴えるかのように俺を見ていた。血が溢れる口ではもう何も言えないから目で伝えようとしているように。
何を言おうとしているのかはわからない。助けてくれと言いたいのかもしれない。
たとえ宇野が加藤を殺したのだとしても、目の前で死にそうな怪我人を見捨てるのは非人道的だ。
でも、俺には何もできない。
宇野はどう見ても、すでに死んでいてもおかしくない致命傷を負っていた。
校舎の方からは、何かが破壊される派手な音が響いていた。早くしないとあいつらが俺を追いかけてくる。
今は、自分の身を守ることを優先すべきだ。
俺は宇野のために命をかけるほどお人好しじゃないし、お人好しになるべきじゃない。
俺はそう自分に言い聞かせ、机を足場に塀を乗り越え、学校の外の道路にとびおりた。
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