第7話 校内ゾンビ(の)サバイバル

 加藤の片目には矢が刺さり、首はほとんど切断されていた。

 犬養のアーチェリー弓。宇野のノコギリ。

 加藤はゾンビウイルスへの感染がバレて、生徒会のやつらに殺されたんだろう。


 視聴覚室内で起こったかもしれないことの想像は、ドアを開ける前にしていた。

 それでも、俺はショックを受けた。

 俺をあっさり裏切った加藤は、たぶん、俺のことを本当の友達だとは思っていなかった。

 それに、俺だって、あいつのことは、別に、どうでもよかった。

 だけど、加藤は、いちおう、毎日顔をあわせて何かしゃべっていた相手だ。

 たぶん、あいつが友達じゃなかったら、俺に友達は一人もいなかった。


(加藤が殺された……)


 俺が胸の奥からこみあげてくるものをこらえて廊下に立ちつくしていると、階段をおりてくる足音が聞こえた。

 俺は急いで近くの教室内に駆けこみ、ドア横の壁に背をつけてしゃがんだ。


「足音が聞こえなかった?」


 女子生徒の声だ。


「ゾンビかも。どうする、寧音?」


「ゾンビは始末する。校内を安全な場所にするために。一匹たりとも残さない。美羽、準備を」


「オーケー」


 俺は、そっとドアの向こうの様子をうかがった。

 見えたのは木刀をもつ生徒会副会長・高木寧音。

 もうひとりの姿は、ここからは見えない。だけど、さっきの会話から判断すると、たぶん高木と仲の良い広瀬美羽だろう。

 広瀬はたしか調理部で、子どもみたいに背が低い。運動は得意そうではない。


 問題は剣道部の高木寧音だけか。

 相手は女子といえど、あなどれない。

 俺は格闘技なんて習ったことはない。勉強はできるけど運動はだめだ。仮に勝てるとしても、女子をぶちのめすのはためらわれるけど。

 高木は大人の剣道大会でも優勝しているとかいう噂で、部内では男子より強いらしい。

 それに、木刀にだって十分に殺傷能力がある。

 つまり、あそこにいるのは凶器を持っている男子剣道部員だと思えばいい。

 つまり、やりすごすのが一番だ。


 俺がそう思った時。俺が隠れている教室の中で、突然、イスと机がぶつかりあう大きな音がした。

 教室の奥に、むくりと起き上ったゾンビがいた。

 ゾンビ生徒が、机やイスを押しやりながら動こうとして、大きな騒音をたてていた。

 静かにしろ! と言いたいところだけど、ゾンビに言っても仕方がない。

 きっとゾンビ生徒は高木達の気配を感じて動き出したのだろう。

 廊下の方から高い声が聞こえた。


「音があっちからしたよ!」


 案の定、見つかってしまった。

 俺は教室の後ろの出入り口へと移動しようとした。

 再び、広瀬の高い声が廊下に響いた。


「寧音は後ろにまわって!」


(後ろに高木がまわる!?)


 俺が前後のドアの間の中途半端な場所で、どっちに行こうか迷っている内に、前の入り口に広瀬の姿が現れた。……たぶん広瀬だと思われる者の姿が。

 入り口に立っているのは、頭から足首まですっぽりオーバーサイズの雨がっぱで覆われ、その上にヘルメットとフェイスガード、さらにエプロン型の包丁ケースを装着した、不気味な見た目の奴だ。

 広瀬の手より長いレインコートの両袖からは、白く光る包丁の刃がとびだしていた。


 教室の奥にいたゾンビ生徒が、唸り声をあげた。

 広瀬が動いた。

 と思った時には、ゾンビ生徒の頭には、包丁が深々と刺さっていた。


(包丁投げ!?)


 広瀬の包丁投げは、見事だった。

 調理部は普段何の練習をやってるんだ? と疑ってしまうほどの腕前だ。

 そして、不気味な姿の広瀬が俺に向かってゆっくりと振り返った。


「ゾンビ、もう一匹、みーつけた♪」


 すばやいモーションで広瀬が俺にむかって包丁を投げつける。

 俺はとっさに頭を下げ、イスのかげに隠れた。

 包丁は俺の頭上を通過していった。


「このゾンビ、すばやい!」


 広瀬はそう言いながら、包丁ケースから新しい包丁を取り出している。

 俺はイスを盾に移動をしながら、広瀬にむかって叫んだ。

 

「俺はゾンビじゃない!」


 だけど、広瀬は即座に叫び返した。


「どっからどう見てもゾンビのくせに!」


 否定できない。でも、だからって黙るわけにはいけない。


「ゾンビだって人間だ! この人殺し!」


 広瀬は俺の主張を無視し、ふたたび包丁を投げつけてきた。

 広瀬が投げた包丁を、俺はイスで防いだ。

 その瞬間、俺は、今度は背後から殺気を感じた。


 俺は机の間に倒れこむように伏せた。

 高木がふりおろした木刀の一撃が机にぶつかって激しい音をたてた。

 俺はそのまま必死に這って机の間を移動した。

 逃げながら振り返って後ろを見ると、机が割れているのが見えた。

 古い机だったから、たぶん、もとから経年劣化で壊れかけていた……のだと思いたい。

 だって、俺の頭が机より丈夫だとは思えない。

 高木の木刀の一撃を受けたらまずい、ということだけは、はっきりわかった。


 俺は机やイスの脚に激しくぶつかりながら、必死に這って逃げた。ぶつかっても痛みを感じる余裕すらない。


「ゾンビめ。ゴキブリのように、ちょこまかと」


 高木は連続で木刀を振り下ろし、それが机やイスに阻まれると、今度は下向きに木刀で突きをくりだした……らしい。

 俺に確認している余裕はなかったけど、床に穴があくような激しい音が響いていた。

 ぼろい校舎だから、きっと床も腐り落ちかけていた……のだと、信じたい。


 まるで人間に襲われるゴキブリになった気分で、俺は、這いまわりながら必死に高木の木刀をよけ、そして、教室の後ろに出ると、一気にダッシュをして、廊下へ逃げ出した。


「逃がさない! 走るゾンビ!」


 広瀬の声が響いたかと思うと、全速力で廊下を走る俺にむかって、広瀬の包丁が飛んできた。包丁が俺の学ランの襟を切り裂いて飛んでいった。

 俺は必死に階段にかけこみ、1階へ向かって駆けおりた。

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