第6話 危険地帯
体育館から校舎の本館までの1階廊下は外とつながっている。
カバンを取りに行くか、このままグラウンドの向こうの正門に向かうか。
どうしようか考えながら、俺はグラウンドの方に視線をやった。
グラウンドに、何人かの生徒が寝そべっている。
制服姿の人影がいくつか、ふらふらと歩いているのも見える。
その向こうに正門が見える。でも、重たい鉄の門扉が閉まっていた。そして、門の傍にはバイク用フルフェイスヘルメットをかぶり、斧を手にしたジャージ姿の大男がいる。たぶん、いつもやたらと怒鳴り散らす体育教師の男だ。
(門が閉まってる? どういうことだ?)
俺が意識を失う前には、あの門は開いていて、生徒達がどんどんと逃げだしていた。
俺が意識を失っていた何時間かの間に、状況が変わっているようだ。
それにしても、何かがおかしい。いや、ゾンビが校内に現れた時から、全てがおかしいんだけど。
男子生徒がひとり、大きなくしゃみを連発しながら、グラウンドをこちら側にむかって歩いてくる。
よく見ると、その顔にはゾンビマークが浮かんでいる。
俺はそれを見て気がついた。
どうやら、グラウンドをふらふらと歩いていたり寝そべったりしている生徒達は、全員ゾンビのようだ。
そして、次の瞬間、こっちにむかってグラウンドをふらふらと歩いていたゾンビ生徒が、突然、倒れた。
ゾンビ生徒の頭に何かが刺さっている。何か細い棒のようなもの。……矢だ。
倒れたゾンビに、さらに追撃の矢が突き刺さった。
誰かがゾンビに弓矢で攻撃を加えている。
よく見れば、グラウンドに寝そべっているように見える生徒達にも、矢が刺さっている。
俺の体に恐怖が電撃のように走った。
あれは、寝ているのではなく、死んでいるのだ。
(弓矢? アーチェリー……犬養か!)
ここからは見えないけど、生徒会長の犬養が、屋上からグラウンドのゾンビを襲っているようだ。
俺はあわてて、校舎の中に入った。
今の俺は、どう見てもゾンビだ。
犬養が俺を見つけたら、あいつは躊躇なく殺そうとするだろう。
校舎の中に入り、俺は廊下を歩いて行った。職員室手前の階段の下で、俺は足をとめた。
階段には赤い血の跡がべったりとついている。
そして、階段のふもとに、首がありえない方向に曲がった死体が落ちていた。
その顔にはゾンビマークが浮かんでいる。
(なにが起こったんだ?)
薄暗い校内のあちこちに血痕がある。校内はすっかり、ゾンビ映画やホラーゲームの世界のような光景になっている。
階段の先には職員室があり、職員室の中から声が聞こえていた。
「なぜ、とめないのですか。殺されているのは生徒達ですよ」
「ゾンビウイルスに感染したら、もう助からないんだから、同じことです。あのゾンビたちは、すでに死んでいるも同然ですよ。それに、犬養君たちのおかげで、たくさんの生徒達が無事に避難することができたじゃありませんか」
「今はただ感染者を虐殺しているだけです。このロープをほどいてください。とめにいきます」
「そうはいきません。犬養君たちは、感染をひろげないようにがんばってくれているんです。感染者たちを近隣に解き放つわけにはいかないじゃありませんか」
どうやら、生徒会のやつらがゾンビウイルスに感染した生徒を殺しているらしい。
とめようとしている教師は職員室に監禁されていて、ゾンビ生徒の殺戮に賛成している教師が力をもっているようだ。
ゾンビにしか見えない今の俺が見つかったら、まずい。
俺は見つからないように職員室を避け、手前の階段をあがることにした。
階段の踊り場には、別の死体があった。その顔にもゾンビマークがうかんでいる。
やっぱり、殺されているのはみんなゾンビだ。
そもそも、ゾンビは体液をふりまこうとしてはいるけど、人を殺そうとしているところは見たことがない。俺が知る限り、ゾンビはむしろ平和的だ。
それに、ゾンビは動きも緩慢で感染によって弱体化している。あきらかに普通の人間より弱い。
非感染者が、一方的にゾンビを狩っているんだろう。
俺が意識を失っていた間に、この学校はゾンビウイルス感染者が襲われる危険地帯になってしまった。
俺はカバンを取りに行くことをあきらめた。
今やこの学校は、俺にとってこの上なく危険な場所だ。
すぐにここから脱出しないといけない。
一度2階にあがった後で、反対側の階段から1階に降りて、1年の教室から裏庭に出よう。
犬養が目を光らせているグラウンドを通過するのは難しい。
あいつの矢はじきに尽きるだろうけど。犬養が無力化しても、その先には斧をもった体育教師が待ち構えている。正門から出ることはできない。裏庭から壁を越えてこっそり外に出るしかない。
階段をあがって2階の廊下に出たところで、すぐ近くにある視聴覚室のドアが俺の視界に入った。
そのドアを見た瞬間、俺の全身に気色の悪い震えが走っていった。
俺は思い出したのだ。
俺は足音をたてないようにそっと移動し、視聴覚室のドアのそばに立った。
遮音性能の高いドアと壁のため、中の様子は全くわからない。
中にはまだ生徒会のやつらがいるかもしれない。
(このまま立ち去った方が賢明じゃないか?)
でも、俺は視聴覚室のドアノブに手をかけた。
ドアノブはまわり、ドアはあいた。カギはかかっていなかった。
俺はそっと中の様子をうかがった。
視聴覚室内に、人の気配はなかった。
ここには、誰もいない。
ただ、血の海の中に、ゾンビマークが顔にうかんだ加藤の死体が放置されているだけだった。
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