第2話 ゾンビパニック
3組の教室から村田大志が金属バットを持って出てきた。村田は元・野球部で、今はただの不良だ。
村田はゾンビになった前田にむかって金属バットで殴りかかった。
ゾンビウイルスに感染している前田は、村田の動きに気がついた様子すらなく、防御も応戦もしなかった。
前田は村田に一方的に頭頂部と首を金属バットで殴打され、その場に崩れ落ちた。
倒れた前田を、村田はさらになんどもバットで殴りつけた。
村田はゾンビと戦っているつもりだろうけど、俺の目には、狂暴な不良が無抵抗の大人しい生徒に暴行を働いているようにしか見えなかった。
廊下に倒れた前田は、流血し血まみれになっている。
村田はバットを振るのをやめ、前田をけりつけた。
「ざまぁみろ。ゾンビめ」
その様子を見ながら、俺は父さんから聞いた情報を復習していた。
ゾンビウイルスの最初期の症状はインフルエンザ等の感染症と同じだ。初期症状は、発熱、倦怠感、鼻水、せき、くしゃみ等。全身の痛みやかゆみが出ることもある。同時に次第に脳がウイルスに侵されていく。そして、24時間以内に症状は急速に悪化し、患者は一時的に意識を失う。
ゾンビウイルスは感染者を強化することはない。むしろ弱る。
ただし、ウイルスの増殖が進み脳への侵食が進むと、痛みを感じることも苦しみを感じることもなくなっていく。そのため、通常は痛みで動けない状態でも活動を続けるようになる。
そして、脳を破壊されたゾンビウイルス感染者の行動原理はただ一つ。
感染者はさらに感染者を増やすために動く。
ゾンビウイルスは感染者の血液や体液が粘膜や傷口にふれることで感染する。
具体的には、嚙みつかれたらアウト。感染者の血液が目や口に入ったらアウト。
つまり、前田の血液に触れてはいけない。
結論。今、村田がやっているのは、最悪の行動だ。
俺は村田に声をかけた。
「おい! 早く前田から離れろ!」
村田は俺の方を向いた。
「なんだと?」
その村田の後ろで、前田の体がのそりと起き上った。
「逃げろ!」
血まみれの前田ゾンビが、村田におおいかぶさるように抱きついた。
村田は前田に肘打ちをし、突き放して間合いを取ると、ふたたび金属バットで打ちのめした。
頭から血しぶきをあげながら、前田はなおも村田につかみかかろうとしている。
「やめろ! ゾンビウイルスは血液から感染するんだ。攻撃するな。村田、早く逃げろ!」
そう警告しながら、俺はついに身の危険を感じ、逃げだした。
廊下を走りながら、俺は考えた。
村田は、もうだめかもしれない。
ゾンビウイルスに感染してから発症するまでの時間は個人差があり、数十分から数時間。この間は無症状だから、感染者を見分けることはできない。
発症してからさらに数時間後までには理性や知性を失いはじめ、皮膚にはゾンビマークがでる。
通常、感染から24時間以内には脳を破壊しつくされ、生ける屍となる。
感染者は、生物としてはその後も生存し続けるらしい。
でも、人間らしい思考力や感情、理性が失われた状態を死とするなら、ゾンビウイルスの致死率は100パーセント。現時点で、治療法は何もない。
俺は階段を駆け下りて行った。3階から1階まで降り、外に出るつもりだった。
だけど、階段の途中には、生徒の人だかりで壁ができていた。
「どうした?」
「山本がゾンビになった! 戻れ!」
どうやら、この先にゾンビになった山本がいるらしい。
一方、俺の後ろからは、血まみれの村田が追いかけてきた。村田はまだゾンビじゃないけど、あの血液は感染源だ。俺は叫んだ。
「村田、そんな状態でこっちに来るな! 早くその血液を洗い流せ! ゾンビウイルスに感染するぞ!」
俺の声を聞き、ふりかえった女子生徒達が血まみれの村田を見て悲鳴をあげた。
村田はお構いなしに、こっちに近づいてくる。
血まみれの村田を見た生徒達は、パニックになって階段から2階の廊下へ逃げようとした。
俺も押し流されるように2階の廊下に進んだ。
ところが、2階でもすでにパニックが起きていた。階段から廊下に流れ出る俺たちの方にむかって、2階の廊下を走って逃げてくる2年生の大群がせまってきた。
そして、その後ろにはゾンビ生徒の姿が見える。ゾンビの一人は教室の窓を素手で割り教室内に血まみれの腕をつっこんでいる。きっと、教室の中に生徒がいるのだろう。
俺は教室と反対側に廊下を進み、すぐ近くにあった視聴覚室にとびこんだ。
俺と前後して、十数名の生徒達が視聴覚室になだれこんだ。
続いてゾンビとなった生徒が飛び込んできそうなところで、俺は急いでドアを閉じた。
ドアの向こうで、誰かがバンバンとドアをたたいていた。それがゾンビなのか、ゾンビから逃れようとしている生徒なのかはわからない。
しばらくすると、ドアの向こうは静かになった。
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