ゾンビになったと追放された俺は人類を救えるかもしれないけど人類は救いようがない
しゃぼてん
1章 パンデミックの始まり
第1話 スーパー・スプレッダー
20XX年。世界はゾンビウイルス感染症の大流行に見舞われた。だけど、あの日の朝、俺はまだゾンビウイルスがすぐ近くに迫ってきていることを知らなかった。
すでにテレビは毎日ゾンビウイルスについて報道していた。ゾンビウイルスは、感染者の体液を介して感染し、感染者の脳を破壊する。感染者は理性や知性を失い、周囲の人間を襲い感染を広げる行動をとるようになる。
ネットでは、そんなウイルスは存在しないという主張もあった。一方で、中国の生物兵器研究所で実験に使われていたコウモリが感染源だという噂もあれば、アメリカの研究所から中国のスパイが盗みだしたウイルスが流出したのが始まりだという噂もあった。
何が真実なのかわからないまま、中国、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、そしてアジア全域に感染は広がりつつある。
日本でも感染者は出ているらしい。
でも、パニックになる必要はない、とテレビのニュースやワイドショーは伝えていた。トイレットペーパーや米、インスタント麺が売り切れている、みたいな映像を延々と流しながら。
ゾンビウイルスは空気感染はしない。うがい手洗いをして、密接を避ければ大丈夫。いつもの感染症対策をすれば大丈夫だから、冷静に落ち着いて行動しよう。
政府もテレビも、そう繰り返すだけだった。
俺の父親は記者だから、もう少し詳しい情報を知っているはずだった。
だけど、父さんは、感染拡大地域の取材に行くと言って数日前に出張に行ったきり、帰ってきていなかった。よっぽど忙しいのか、電話すらかかってこない。
高校では通常通り授業が行われていた。感染が拡大しても休校の予定はないらしい。文科省が教育の機会がどうのこうのと言って、ゾンビウイルスが流行しても対面授業を続けるように言っているから。
家で受験勉強をしていたい俺としては、いい迷惑だ。
今は高校3年の4月。俺は受験勉強中だ。
模試の成績によれば、地元の国立大学は十分合格圏内だけど、東大京大を狙うには足りない。でも、これから猛勉強すれば合格するチャンスはある。そのために、家には通信教育の教材、問題集、過去問が積んである。
俺はどうせ学校の授業はいつも聞いていない。
だから、俺はゾンビウイルス感染のリスクを冒してまで登校したくなかったのに。
あの朝。俺が登校すると、学校の門を入ったところで、いきなり襲われた。
「おはよー。木根君。フリーキス!」
突然口をふさがれ、俺の口の中に舌が入りこんできた。
「やめろよ。なにすんだ!」
俺がつきはなすと、それは学年で1番人気があってアイドル活動もしているという美少女、橋本千里だった。
橋本は、たまに話をする程度の知り合いではあるけど、なんでいきなり、けっこうディープにキスをされたのか、さっぱりわからない。
橋本はあざとかわいいふくれっ面を作った。
「ひどーい。あ、山本君、おはよー。フリーキス!」
橋本は、次の犠牲者のもとへと走って行った。
俺は、イラッとしながら、あまりに意味不明なので呆然と橋本を見送った。
俺の周囲には、橋本からフリーキスという濃厚なあいさつを受けたらしい男子たちが、にやけた顔で立っている。
わりと喜んでいる奴が多いみたいだけど。潔癖気味の俺としては、激しく迷惑だ。口の中が気色悪い。セクハラ被害にあった気分だ。
いや、これは確実にセクハラ……どころか強制わいせつ罪だろう。
男が女子に同じことをやったら大問題になるのに。きっと俺が橋本を訴えるとか言ったら、笑われるんだろうな。日本は性差別が激しいから。
それにしても、橋本は朝のあいさつがわりにキスをふりまくような奴だったか?
キスがあいさつの一種、な国からの帰国子女でもなかったはずだし。
「なにやってんだ? あいつ」
俺がフリーキスをふりまいている橋本を眺めながら不審に思っていると、誰かが後ろから声をかけてきた。
「おい、文亮。うらやましいな」
後ろからやってきたのは、同じクラスの加藤大吾だ。加藤と俺は高1の時からずっとクラスが同じで、名簿順が近かったせいで、なんとなく一緒にいることが多かった。つまり、俺の数少ない友達の一人だ。
だけど、加藤と俺はかなり性格が違う。一言でいうと、加藤はスケベだ。
加藤はニヤニヤしながら言った。
「俺ももらってこようかな。フリーキス」
「好きにしろよ」
俺はうがいをするため手洗い場に向かった。うがいをした後でふりかえると、橋本と加藤が抱き合い、濃厚なディープキスを延々とくりかえしているのが見えた。
なにかがおかしい気がする。
たしか、加藤はずっと橋本のことをカワイイカワイイと言っていたけど、橋本はむしろ加藤を嫌っていたはずだ。俺に女子の考えることはわからないけど。
1時間目は数学だった。俺はいつものように、授業は何も聞かずに勝手に問題集を解いていた。
俺は授業中にほとんどノートなんて取らなかった。先生は教科書にのっていることしか言わないから、教科書を読めば十分だ。
それに、教科書の問題はすべて解いてあるから、突然当てられたってすぐに答えられる。
授業がもうすぐ終わる、というところで、突然、廊下の方から騒音が聞こえてきた。
他のクラスが授業を終えてガヤガヤしているのかと、初めは思った。
でも、尋常ではない叫び声や廊下を走る音が聞こえる。
廊下側の席にいた俺は、そっとすりガラスの窓をあけて廊下の様子を確認した。
妙に真剣な様子で生徒たちが廊下を走って行く。そして、悲鳴と怒鳴り声が響いている。
先生も異常に気がつき、慌てて廊下に出ていった。それを見て、俺も後ろの出入り口から廊下に出た。
騒ぎは、4組の教室で起こっているようだ。
「ゾンビだ!」
「前田がゾンビになった!」
という声が聞きとれた。
4組の教室からはもちろん、3組からも2組からも、パニックになって生徒達が飛び出してきた。
(ゾンビ? ゾンビウイルス感染者?)
俺の後ろから、同じクラスの生徒達がとびだしてくる。
俺は逃げていく生徒達に突き飛ばされないように、廊下の壁にくっつくように立った。
(前田太郎……)
去年、同じクラスだった。名前はおぼえているけど、記憶には何も残っていない。おとなしくて地味な奴だ。
4組の入り口から、前田らしき男子生徒が唸りながら出てきた。ふらふらと足もとがおぼつかなく、ドア枠にぶつかりながら進んでいる。
前田の顔色は青黒い。目は充血し、自分の爪でひっかいたのか、顔から血を流している。特徴的なのは、額と頬に、青あざと赤あざが模様のように浮かび上がっていることだ。
あれは通称ゾンビマーク。ゾンビウイルス感染者の皮膚にあらわれるという赤や青のあざ。
前田はうつろな表情で、だらだらと鼻水とよだれを流し、しきりにくしゃみをしていた。そして、自分の血や涎のついた指を前につき出したまま、ふらふらと近くにいる人間にむかって進んでいく。
生徒達は互いを押しのけるように廊下を走り、ゾンビとなった前田から必死になって逃げていた。
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