ムサシのこうえん

!~よたみてい書

急がなきゃ!

(うぅー! 早くしないと、危ない!)


 二十代前半ほどの容姿をした男性が武蔵野公園駐車場入り口に足を踏み入れた。


 男性は腹部を押さえながら左手に見える小さな建造物に近づいていき、


(この建物、トイレだよね? いや、トイレであってくれ! 頼む!)


 建造物の壁には青色の男性と赤色の女性、車椅子のシルエットが描かれていた。


 そして、男性は一瞬安堵の表情を見せる。


(トイレだ! やった! 助かる! 俺は助かった!)


 しかし、扉の前に置かれた立て看板を見つめながら、


(なんでこんな時に清掃してるんだよー! えぇ、誰でも用トイレも掃除中なの? 三人で掃除中なの!?)


 男性は困惑した表情でその場に立ち尽くす。


 一方、男性の横に焦った様子をした二十代前半ほどに見える女性が一人近づいてきた。


 そして、女性もトイレの現状を見つめると、硬い表情のままその場に立ち尽くす。


 男性は女性を横目で確認しながら、


(あらら、彼女も? 残念! それより他のトイレを探さないと!)


 男性は背後のすぐ近くに設置されている案内板に近寄っていき、


(別のトイレはどこにあるのかなー……。あった。って、近くはないな。大丈夫かな、耐えられるかな?)


 不安そうに地図が描かれた看板を見つめ続ける男性。


 また、女性も男性の横に近づいていき、看板を凝視していく。


 そして、恐る恐る口を開いていき、


「あのー、すみません」


「えっ、あ、はいっ!?」


「そこのトイレって、今使えないのでしょうか?」


「あ、多分そうだと思います。俺も困っていまして」


 男性は硬い笑みを浮かべながら、


(うぅ、早くトイレに行かないと!)


「そうなのですね。私も用を足したいと思っていたのですが」


「なるほど。多分もうすぐ掃除が終わって使えるようになりますよ。あ、俺、別のトイレに向かいます」


 男性は軽く手を上げながら公園の奥に進む。


 すると、女性がすぐさま口を開き、


「待ってください! 私も一緒にお願いします」


「えぇっ!? あ、はい。大丈夫ですよ」


「本当ですか? ありがとうございます」


「えぇっと、北と西、二カ所あるんですけど、どっちに行きます? あ、北の方が少し距離が近いですけど」


「それじゃあ、距離が近い北に行きたいです」


「分かりました。急ぎましょう!」


 女性は微笑みながら頷いた。


 男性と女性はそのまま公園を進んでいき、小さな人工池水遊び場の横を通っていく。


 女性は手を後ろに回しながら池の様子を眺め、


「あ、じゃぶじゃぶ池で子供がはしゃいで遊んでいますよ」


「え? あ、あぁ。そうですね。元気で何よりです」


 男性は乾いた笑みを浮かべながら、


(今はそれどころではない! 俺がじゃぶじゃぶするのを避けなきゃいけない状況なの!)


 男性は軽いため息をつきながら、


「お姉さん、急ぎますよ!」


 男性と女性はそのまま奥に進んでいき、緑の自然に囲まれた枝分かれした道を進んでいく。


 女性は分岐点で立ち止まり、遠方を指さしながら、


「お兄さん、こっちじゃないんですか?」


「そっちはバーベキュー場ですよ、多分! こっちの野球場の方ですよ!」


 女性は頭を撫でながら男性の後ろをついていった。


 そして数分後、二人は、男性と女性、車椅子のシルエットが描かれた小さな建造物にたどり着く。


 男性は建物を見つめながら喜びの顔を浮かべ、


「やった! 着いた! それではお姉さん、俺も行ってきます!」


「はい、ありがとうございました!」


 男性と女性はそれぞれトイレの入り口に駆け込んでいった。






 さらに数分後、男性がトイレからすがすがしい様子で戻ってきた。


 近くに立っていた女性は微笑みながら、


「スッキリしましたか?」


「えっ!? あぁ、はい、それはもちろん!」


 男性は強張った笑みを浮かべて、


(彼女より遅いことを知られたってことは、つまり……。うぅ、恥ずかしい!)


「今回は本当にありがとうございました!」


「いえいえ、俺もトイレに行きたかっただけですので。それじゃあ、俺はこれで失礼します」


 男性は口角を上げながら軽く手を上げ、体を反転させていく。


 女性は一瞬戸惑い、真剣な表情を作りながら語気を強め、


「あ、ちょっと待ってください!」


「え、どうかしましたか?」


「この後、お時間ありますでしょうか?」


 男性と女性は、バーベキュー場から運ばれてきた肉の香りがまとった風を全身で受け止めていった。

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