中編:目覚め


「ぎゃああああああっ!!……あ?」


 次の瞬間、俺はベッドに横たわっていた。ぶんぶんと辺りを見回すが、何も異常はない。ここはさっきまで居た航空機内の客室。人間の死体もなければ、意味不明な化け物もいない。ただ、リュウが反対側のベッドで俺と同じようにきょろきょろしているのが見えた。


「俺……生きてる?」

「生きてる……よな」


 馬鹿みたいに身体をぺたぺた触ってみる。汗の1つもかいていない、何の変哲もない自分の身体がそこにあった。

 

 それから小一時間話し合ったけれど、結局アレがなんなのかは分からなかった。俺たちは全く共通の悪夢を見て、全く同じタイミングで目覚めた。それだけがはっきりしていた。


 こういうのって、小説だと悲劇の始まりだったりしないか? 死んだら最初に戻るとか、無限に苦痛を味わうことになるとか。

 そんな非現実的な発想を冗談だと笑えないほど、今の体験は不気味でリアルなものだった。


 結局、俺たちは恐ろしくて客室から出られずフロントへ電話をかけた。あの異常事態が現実のものだとしたら、たぶんまともに繋がらないだろう……


「はい、こちらフロントでございます。29号室の河合タケル様ですね。ご用件をお伺いいたします」


 顔を真っ赤にしながら事情を説明すると、大慌てでカウンセリングルームを案内された。どうも高高度をゆっくりと飛行するこの巨大ホテルでは、地上とは違う環境のためか心身の異常を訴える人が稀に出てくるのだという。

 俺たちの例で言えば、シートベルトを着けたあと、長い待ち時間の退屈さと予想外に安定した乗り心地に耐えかねて昼寝。その間に大きく高度が変わったせいで寝覚めが悪くなってしまったということだ。


 カウンセリングルームで専属の医師が語っていたのは、そんな内容だったと思う。全ては理解できなかったが、研究データだとかいろいろ見せられながら解説してくれたのだから、たぶん信用していいのだろう。

 おまけに、お詫びと称して高級なゼリーやドリンクまでもらってしまったのだから、これ以上文句を言うこともない。得体の知れない現象に対する恐怖は、すっかりスタッフに対する同情と感謝に変わっていた。


 実際、この日ホテル内を巡って施設を満喫する間、先ほどの夢で見たような不思議なことは何も起きなかったのだ。

 その後も楽しいことばかりで、旅を終えてのアンケートは当然のごとく満点で提出した。期待以上の快適さに、どこへ行っても比べものにならないような活き活きとしたスタッフのサービス。何一つ文句なし、今回の旅は最高の思い出作りになった。


 ちなみにこの体験談を聞いた人は、たいていちょっとガッカリするようだ。


「なんだよ! てっきり業界トップの企業にとんでもない化け物が潜んでるって話かと思ったのに!」


 でも、格安で素晴らしいサービスが得られるのは事実だったんだからしょうがないじゃないか。実際に乗ったから分かる。圧倒的な満足度を支えるのは、実直な仕事と先進的な技術の賜物に違いない。LLL航空に対しては、変なひがみとか、疑いとか、そういうのは無駄なだけだ。


 それでもうさんくさくて疑わしいと言うなら、あなたも実際に乗ってみればいい。

 LLL航空がいかに素晴らしい企業か、乗れば分かるから。

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