第九話『地味な失敗より』

「……じゃあ、出来るだけアイツらのもとまで近づくから。お前たちはできるだけ早く、アイツらを仕留めてきてくれ」


「りょーかい。素材とかは回収しなくていいわよね?」


「勿論。俺たちは一回の宅配業者であって冒険者じゃねえからな」


 魔物の群れに向かって車を走らせながら、コウスケたちは最後のミーティングを終わらせる。と言っても、戦闘面はズブの素人なのでコウスケに口を出せる部分などあってないようなものなのだが。


「とりあえず、このカーゴが通り過ぎるだけの時間を稼いでくれればそれでいいさ。無理に全滅させる必要はない、良いな?」


「うん、分かってるよ。……いざ戦った時のボクが、それを覚えているかは定かじゃないけど」


「そうなったらあたしが首根っこをひっつかんで連れ帰るから大丈夫よ。まあ、そうなったときはきつい鎮静術式を決めてもらうけどね」


「……できるだけ理性を保つように善処するよ」


「だから私の術式はどんだけ怖いんですかあ⁉」


 マーシャの訴えに、他の三人は朗らかに笑う。これから荒事に移るのだというのに、カーゴの雰囲気はいたって朗らかなものだった。


「よし、俺からの伝達事項はそれくらいだ。……くれぐれも、気を付けていってこい!」


「「了解!」」

 

 最後の激励とともに扉が開け放たれて、エリーとランスが勢いよく外へと飛び出してくる。その様子を見つめながら、コウスケは少しばかりカーゴを減速させた。


「……お二人、凄いですよねえ。自分の力とちゃんと向き合って、自分のものにしようってしてて。あたしなんて、ずっと暴発したり最大出力でしか打てないままなのに」


 コウスケとマーシャが見つめる先では、エリーたちがその実力をいかんなく発揮している。エリーが剣を振るうたびに放たれる光の刃が獅子をあっけなく仕留め、その反対側ではランスがいつの間にか手にした金棒で獅子をはるかかなたまで吹き飛ばしている。人の身では到底かなわないのではないかと錯覚させられるような魔物たちを、彼等はいとも簡単に退けていた。


 その光景に、マーシャはどこか悲し気な声を上げる。普段の柔らかいマーシャからは想像できない、自己評価の低めな少女がそこにはいた。――その姿を、コウスケはどこか日本にいた部下に重ねてしまう。


「ああ、すげえよな……エリーもランスも、そんでお前も」


「……え?」


「俺なんてできるのはこのカーゴの運転くらいで、こんな世界に来たっていうのにまだ魔法もろくすっぽ使えねえ。そんな俺に今でもついてきてくれてるお前らには感謝しかねえよ」


「……だって、貴方は評価してくれたじゃないですか。何をやってもド派手に失敗して、完全に使えるようになった魔術でも最大出力にしかできない、私のことを」


「そりゃ評価するだろ。なんでも小さなスケールにまとまるやつより、失敗も成功もド派手にやってくれる奴の方が俺は好きだし」


 そう語るコウスケが見つめる先には、文字通りド派手に暴れる二人の姿がある一振りごとに魔物が消し飛んでいく様は、誰もが憧れるような無双の姿そのものだ。ああなれたらどんなに楽しいかと、齢三十にして小市民根性が抜けきらないコウスケはどうしても思ってしまうのだ。


「それに、ああやってランスが暴れられてるのもお前のおかげなんだぜ?鎮静術式が上手く行くって確信が無きゃ、あそこまで思い切った行動はできるはずもねえんだから」


「……でも、それが効きすぎるせいでランスさんは嫌がってますよ?」


「効かないよかよっぽどマシじゃねえか。それに、本当に嫌ならアイツはそもそも戦ってないんじゃねえのか?」


 鬼族の本能を無理やり抑え込むのには、どうしたって苦痛が伴うものだという話も聞く。ならば、それを託してもいいというのはランスなりの信頼と言ってもいいんじゃないだろうか。……まあ、本心から嫌がっているのも少しばかりあるかもしれないが。


「要は役割分担だよ。俺が運転して、アイツらはこういう荒事に対応する。マーシャはそんな俺らの後ろにいて、俺たちを安心させてくれる命綱でいてくれればいい」


「……それで、私はここにいていいんですか? 前で頑張るあの人と同じような、仲間でいていいんですか?」


「そりゃもちろん。お前だって大事な仲間なのは間違いねえよ」


 マーシャの不安げな質問に、コウスケは迷いなく答える。こういう時に必要なのは気の利いた言葉なんかじゃなく、迷いのない即答だとコウスケは知っていた。


「……お前の役割に助けられてる奴しかここには居ねえし、お前の個性を本当に否定する奴はここには居ねえ。……その証拠に、ほら」


 そこで言葉を切って、コウスケはカーゴのドアを開ける。そのドアの向こうでは、荒い呼吸を繰り返しているランスをエリーがどうにか抑え込みながらカーゴにまでたどり着いていた。


「……コイツ、案の定歯止めが効かなくなっちゃった。……マーシャ、頼める?」


「……はい、もちろん! 全身全霊、鎮静術式をお届けしますっ!」


 やれやれと息をつくエリーの頼みにマーシャは目を輝かせて頷くと、その両手が青白い光に包まれだす。今だエリーに拘束されて身じろぎしているランスの体に向かって、マーシャは柔らかく微笑んで見せると――


「……今、元気にしてあげますからね。……『アングロース』‼」


「ふぐあああッ⁉」


 ――正真正銘、全力の鎮静術式がランスを包み込んだ。

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