第八話『時には荒事も』

「その音、ここまで頑張って見つからないようにしてきたのが無駄になるくらいうるさいわよね。もう少し静かにならないの?」


「これくらいなら魔術の練習って思われるからセーフだセーフ。エンジン音はこれだからロマンがあんだよ」


 途轍もなく熱中していたという訳ではないにせよ、車いじりはコウスケの趣味でもあった。前世の三分の一ほどを車とべったりで過ごしてきたコウスケからすれば、このエンジン音を異世界でも聞けるのはありがたい事だった。


「これがどんな原理で鳴ってるのかは、相変わらず分かんないんだけどな……」


「わかんないものは軽減しようがないですねえ……。私が魔術の練習をしてもこれくらいの音が鳴りますし、全然問題ないとは思いますけどお」


「マーシャの場合はまた違った事情があるからね……。最悪マーシャの魔術が暴発したっていえばこれくらいの音でも誤魔化せそうではあるけど」


「暴発は日常茶飯事だもんね。そういう意味ではいい役割を果たしていると思うよ?」


「コウスケさん、また私褒められながら貶されてませんかあ⁉」


「大丈夫大丈夫、お前の魔術は間違いなく俺たちの戦力になってるよ。マーシャが居てくれなきゃヤバかった配達現場も事実あった」


「そうですかあ? ……それなら、あたしもちゃんと役に立ててるんですねえ」


 確かあの時はマーシャの魔術が囮になってくれたおかげで、コウスケたちが配達の現場へとたどり着けたのではなかったか。まああれも元をたどれば暴発ではあるのだが、役に立ったのは間違いないのでこの際そのことへの言及はしないでおこう。


 その言葉でマーシャも安心したのか、それ以上言及してくることもなく大人しく後部座席に腰かけている。その様子を確認して、コウスケはゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


 気持ちいい音を立ててエンジンが回転し、車のタイヤが地面を蹴り飛ばし始める。一瞬にして馬車の平均速度を超えていくそれは、テレポートが大魔術であるこの世界では間違いなく一番効率のいい移動手段だ。移動呪文が簡単に覚えられるゲームをプレイして育ったコウスケからしたらそこそこ不思議な事ではあったのだが、どうも現実はゲームより都合のいいものではないらしい。


 何事もなく無事にスピードに乗ったカーゴは、まるで高速道路を走るかのような勢いで平原を駆け抜けていく。昨今の事情で馬車や人の行きかいが少なくなったこともあって、しばらく停車することもなくコウスケたちは王都から北上していた。


 この先にあるのが他国との国境であり、サリアの夫が戦っている地点だ。勇者が失踪したことで周辺国は勢いづき、耕作に適した土地を求めて南下してきているのだとか。異世界でも地球でも、土地を欲しがる理由なんてそう特別なものでもないらしい。


「……ま、抑止力が居なくなったなら帰ってくる前に攻めちまおうってのは納得できる原理ではあるしな。相手からしたら勇者は死んだ可能性だってあるわけで、そう成ったら新しい勇者が現れるのも時間の問題だしさ」


「あたしが居ないくらいで瓦解するやわな軍ならない方がマシよ。あたしもそんな温い稽古してきたつもりはないし、あたしが居なくても半端な戦力くらいなら跳ね返してくれるっての」


 仮面をつけたエリーが、ひどくドライな言い方で戦場をそう評する。この中でも一番そう言ったことに慣れているからこそ、その言葉はしっかりと重みがあった。


「勇者が精神的支柱になってたことは否定のしようがない事でもあるんだけどね……。それを失ってからずいぶん時間も経ってるし、どうにか立て直してほしいところではあるけど」


「軍にいる人には、今でも勇者様の存在を忘れられない人もいるんでしょうねえ……エリーさんみたいな人に頼り切って潰しちゃうような人たちの事なんてえ、私も別に痛い目見てくれたっていいとは思いますけど」


「なんつーか、時々えげつない事言うよなお前……」


 いつも通りのほわほわした口調でとんでもない爆弾を投げつけて来たマーシャに、コウスケは苦笑いを浮かべるしかない。マーシャが柔らかいのはあくまで身内意識からくるものなのだと、そう認識し直すには十分だった。自分が敵だと認定したものに対してはマーシャがどこまでも冷たくなることを、コウスケはちゃんと知っている。


「別に負けてくれって言ってるわけじゃないですよお。せっかく最近街の人とも仲良くなれてきましたし、国が滅びちゃうとそれはそれでこまりますしねえ」


「新しく店を開くにもいろんな手続きがいるだろうしね。よっぽどのことが無ければ、これからもアルゲストで商売をしたいものだ」


「言われなくてもそのつもりだから安心してくれ。俺はこの国が嫌いじゃねえし、他の国にわざわざ移転しようって理由もねえよ」


 縁と言えばたまたまこの国に降り立ったくらいでしかないのだが、そこから今の生活に至るまでの道筋を全てこの王国とともに過ごしてしまえばどうしたって愛着は湧くというものだ。言うならば、第二の故郷のようなものだろうか。


「まあそんなわけで、俺たちの評判ってのは大事にしていかなくちゃならねえ。そのためには、今日も今日とて迅速かつ丁寧に業務を全うしなくちゃいけねえわけだが――」


 そう言ってコウスケが視線を投げた先には、カーゴよりも大きな獅子の怪物のような魔物が群れを成している。時折魔術による戦闘の音なども聞こえてきそうな区域に差し掛かってきたはずなのだが、そんなことはお構いなしでくつろいでいるようだ。


「周りで何が起こってようと、魔物に人間の事情なんかは関係ないわよね。あれを処理せずにスルーするのは……少しだけ難しいか」


「そうだな。……だけど、停車することはできるだけ避けたい。三人とも、行けるか?」


「ボクはいつでも。というか最近戦えてなさすぎて本能が暴れだしそうなところだったんだよ」


「私も、魔術の準備は万端です! ……まあ、よほどのことが無ければ打ちませんが!」


「ええ、それでいいわよマーシャ。あたしとランスで、さっさと終わらせて来るわ」


 コウスケの呼びかけに、三人はそれぞれの意志表明を終える。――宅配業者にあるまじき荒事が、幕を開けようとしていた。

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