第六話『コウスケの授かりもの』

「……さて」


 王都の近くの平原に立ち、コウスケはひときわ大きな息を吐く。その手には、日本にいた時にずっと愛用していたものとよく似た鍵が握られていた。周りに知り合い以外の姿が見えないことを確認して、コウスケはまたも大きな息を一つ。


 この平原をずっと進んでいけば、いつかは国境、そしてお届け先である軍人がいる場所にたどり着くだろう。だが、そこに向かうのに馬車ではかなりの時間がかかる。しかも、戦線に向かって馬車を出してくれるような優しい協力者がいるわけもなく。――結局、最後に頼れるものは一つだけになってしまうのだ。


「毎度毎度、すまねえな。大した手入れもしてやれねえで」


 手にした鍵に向かってそうささやくと、コウスケはそれを虚空に向かって真っすぐに差し出す。まるで、存在しないガレージの扉を開けるかのように――


「……それでも、お前の存在が無きゃ俺たちはやっていけないんだ。……今日も、よろしく頼むな」


 そう言って鍵をひねると同時、コウスケの眼前の空間が歪む。それに伴った風が等しきり吹き荒れた後には、異世界というロケーションにまるで似合わない四輪駆動のカーゴが鎮座していた。


 これこそがコウスケの授かった力――というより、異世界に来たことへの保証のようなものだ。配送業者に勤務していたコウスケは、『使い慣れた物があっちの世界にはなければ不便だろう』という計らいからこのカーゴを授かったのだった。


「……俺が運転してたの、トラックなんだけどな……」


 そのずれがどこから来たかどうかはともかく、洗車も不要、タイヤ交換も不要。おまけに妙な動力で走ってるおかげで燃費もただというその性能は明らかに破格だ。コウスケが『運び屋』という稼業に身を置くことができたのも、この力があってこその事だった。


「……何度見ても慣れない光景ね。あんな召喚術式、研究者が見たらぶっ倒れるわよ?」


「というかエルフもぶっ倒れますよお……。こんなの、エルフだってかなり体力を使わなきゃできるはずがないんですから」


 コウスケからしたらそのすごさがどれくらいのものかというのはよくわかっていないのだが、エリーなどの反応を見ればそれが異常な行動であることは何となく理解が出来る。この力をできるだけ人に見られないようにしているのは、ひとえに妙な視線を浴びないようにするためのものだ。


 異世界からの転生者なんてことがバレれば、明らかに面倒なことが起こってもおかしくはない。それを避けるためにも、せめて召喚の瞬間だけは出来るだけ王国の人間には見つからないようにしようというのがコウスケの基本方針だ。一度中に入ってしまえばめったなことでは運転手の姿を捉えることはできないし、誰かからのもらい物と誤魔化すこともできるのだから。


 まあ、エリーを拾ってしまった時点で王国から注目されないことに関しては失敗しているも同然なのだが――


「ほんと、くれぐれも怪しい組織なんかにつかまらないようにしてよね。このカーゴの技術なんて、喉から手が出るほど欲しい輩はたくさんいるだろうからさ」


「揃いも揃ってゾッとすること言わないでくれよ……まあ、お前らがいるから大丈夫だとは思うけどさ」


 ろくでもない未来ばかりを提示しながらこちらに向かってくる仲間たちに、コウスケは思わず肩を竦める。そのどれもがこの世界ではありえない話ではなくて、普通に起きてしまう話なのが恐ろしいところだった。そうさせてしまうくらいのえげつない事情に、運び屋『オーワ』は何度か触れてしまっているのだから。


「今回の仕事が、そういうものにならないことを祈るしかねえな……」


「そうね。『戦線を駆け抜けてきた一台のカーゴにより戦場が混迷した』なんて記述、あんたも載るのは御免でしょ?」


「そんなことがあったら真剣に移転を考えるよ」


「いっそ見つかったならド派手に暴れてみるのもありかもしれないね。軽い軍隊くらいだったらボクたち三人で抑え込めるかもしれないし」


 リリスが語るもしもの展開に、ランスは目を輝かせて便乗してくる。その頭の上には一本の角が輝いていて、鬼としての本能がまた顔を出しているようだった。


 ランスの事情を思えば、戦闘本能が顔を出すことは責められない。コウスケたちが三大欲求を当たり前に欲するように、鬼という種族は戦闘を当たり前に欲するのが性なのだから。


 だが、『オーワ』の従業員でいる以上はその本能は抑えてもらわなければならない。コウスケたちはあくまで運び屋、間違っても傭兵なんかじゃないのだから。


「その展開だけは却下だ。次そんな事言ったらマーシャに鎮静術式打たせるからな」


「……分かったよ、出来るだけ穏便に済ませればいいんだね?」


「私の術式を脅しとして使ってませんかあ⁉ あたしも戦うのはできるだけ少ないし、別にそう使ってくれてもいいんですけど!」


 頭を掻きながら引き下がるランスに、マーシャが不満そうな感じで一歩進み出る。いつもこういう立場になってしまうのに申し訳なさもあったが、それもマーシャの愛嬌故のことなのだから許してほしい。それに、彼女の故郷よりここの環境はマシなはずなのだ。


「……ま、とりあえず出発するとしようぜ。コイツの性能があっても、戦線まで到着するのはそこそこ時間がかかるだろうからさ」


 カーゴのドアを開けて、コウスケは歩み寄ってきた三人を中へと促す。当たり前のようにエリーが助手席に座り、マーシャとランスは後部座席に並んで腰を下ろす。いつからそうなったかは分からないにせよ、その陣形はいつの間にか定着していた。


「よし、皆シートベルトは締めたな?……それじゃあ、出発だ!」


 腰をひねって三人の様子を確認しながら運転席に腰を据え、コウスケは手にした鍵を思い切りハンドルの横にある鍵穴へと差し込む。それを軽くひねった瞬間、勇ましい排気音が平原に響き渡った。

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