第五話『一番の難題は』

「話を聞いていても分かる通り、今回の荷物は相当ヤバい。運ぶこと自体は簡単だろうけど、届ける場所が最高クラスに難しい場所と来てるからな」


「他の運び屋だったら尻尾をまいて逃げ出してしまいそうな案件だもんね。そういう意味では、この店に依頼したサリアさんは正しかったってわけだ」


 指輪を見つめながら、コウスケはこの仕事の難易度を最高クラスへと振り分ける。この小さな、しかし重みとしては今まで運んできたものにちっとも劣らないそれを守りながら戦線に出るというのがどれほど難しい事かは、少し考えれば分かってきてしまうことだ。


「当然、配達先の方は前線にいる。エリーの話によると、平民上がりの軍人って話だもんな。どれだけ偉くなっても、前線に出てるのは間違いないだろ」


「そうね。アイツ、『内政とかそういうのはよくわからない』ってあたしによく話しかけて来てたもの。平民上がりなせいか感性は似てたし、悪い気はしなかったんだけど」


「へえ、仲が良かったんですねえ……勇者時代にもそういう人がいて少し安心しましたあ」


「そりゃ少しくらいいたわよ。勇者としてのあたしだけじゃなくて、ちゃんとあたしのことを見てくれる人格者だってこの国にはいる。……だけど、その頭がそうじゃないから問題なのよ。だからあたしは、勇者であることをやめたの」


 優しい奴らには悪いけどね、とエリーは小さくため息を吐く。そのエピソードを聞いて、コウスケはエリーがこの店に来ることになった経緯を思い出していた。


 割れる窓ガラス、そこから飛び出す一台のカーゴ。その中には覆面を被ったコウスケと、この世界で一番強い少女が二人で乗っている。あの時のコウスケは、ここから先に穏やかな生活が待っているなんて思いもしなかったものだ。


「アレは大変な事件だったな……正直、俺が関わってきた中で一番ぶっ飛んでる依頼ではあった」


「まあ、それは確かにそうかも。あたしが頼んだの、あたし自身をどこか遠くへ運んでもらうことだもの。その結果、まだ王都に居ついているのはおかしな話だけどね」


「そこは奇妙な縁ってやつだ。……まあ、もうお前のことを追ってる奴もいないし許してくれや」


 不思議な話ではあるのだが、失踪した勇者に対して国が引いた捜査網は本当に微々たるものだった。遠く逃げた先で捜索が打ち切られたとの報を聞いたときは、流石に耳を疑ったものだ。


「あれ、王都中で噂になりましたもんねえ……何か絶対に裏がある、そうじゃなきゃおかしすぎるって」


「その時のボクはまだ里にいたけど、そこまでちゃんと話は届いてたな。『腕試しの目標が一人減った』なんて、爺様は悔しそうにしてたっけ」


「その爺様にだけはあたしのこと教えたりしないでよね……なんて、そんなことが言いたいんじゃなかった。コウスケ、正直に答えてみなさい。王城に潜入してあたしを連れ出したのと今回の依頼と、どっちが難しいの?」


「お前を運び出すことだな。間違いなく」


 エリーの質問に、コウスケは迷うことなく即答する。今回の依頼も難しいものであることは間違いないが、それでもあの仕事に比べたらまだ突破口ははっきりと見えているような気がした。


 あの時はまだマーシャもランスもいなかったのだ。異世界に来て一年くらいしか経っていない中年男性一人で勇者の大誘拐劇を演じて見せるなど、もう一度やれと言われても絶対に不可能だろう。


「というか、もうやりたくねえ。あんな常識はずれな話、人生で一度やれば十分だよ」


 運送業者のドライバーだった自分が授かった力で安定して生きていこうとしただけなのに、『運び屋』という分かりやすさを重視した名称故に少女の運搬を依頼されるなんて誰が想像できるだろうか。その運命を知っているなら、コウスケは絶対に『宅配便』という名乗りを使っていたことだろう。そうした時に経営が上手く行っているかは定かではないが。


「良くも悪くも、あれから俺の運命は変わっていってるんだからな……? お前たちに会えたのは幸運だったけど、それと引き換えるように奇妙な仕事が増えるわ増えるわ」


「あら、良い事じゃない。そういう仕事は大体報酬もたっぷりだし、やって損だったことあまりないんじゃないの?」


「まあ、そうなんだけどさ……それで納得していいのか……?」


 だんだんと『運び屋』の定義がグレーになっている気もするが、今それを議論してもしょうがない。実際のところはとっくにグレーになっているのだが、それに気づいていないあたりコウスケもかなりこの仕事に毒されていた。


「……ま、だから今回の仕事も何とかなるわよ。戦線さえどうにか突破してしまえば、運び屋としての仕事は果たせるだろうし」


「そう考えると少し楽な仕事にも思えるね。前の仕事とかと違って特殊な条件があんまりないから考えることも少なくて助かるよ」


「シンプルな依頼ではありますよねえ。宅配先が穏やかじゃないところですけどお」


 そんなことに微塵も気づいていないエリーが気楽にそう告げると、ランスとマーシャもそれに追随する。その姿を見ていると、コウスケの中にも『もしかしたら行けるのではなかろうか』なんて考えが生まれてくるから不思議なものだ。


「……不可能では、絶対にないもんな。それでいて違法性がないなら、俺たちとしても断る理由は一ミリもねえ。……それに、今回の荷物は個人的に届いてほしいしな。……結局、何とかやってみるしかないのか……」


「そうそう、その意気よコウスケ。大丈夫、今のアンタには優秀な社員たちがついてるんだから」


 考えた結果いつも通りの結論に落ち着いて、コウスケは思わずソファーに大きくもたれかかる。その背中を優しく叩くエリーの表情は、いつになく満足げだった。

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