第四話『大人へのなり方』
「……別にサリアさん自身を運べって言われたら運べたんだけどな」
「冗談でもそんな事言わないでよ……アタシの胃に穴が開きそうになるから」
婚約指輪をコウスケたちに託し、サリアは『オーワ』を後にした。依頼料は完全後払いになっているので、今日のところは手ぶらでの帰宅と言った感じだ。まあ、内緒でここまで来たらしい彼女が何事もなく家に帰れるかは定かではないが。
そんなわけで、『オーワ』の空気はいくらかほぐれたものになっている。机の上に置かれた婚約指輪を囲んで、四人はソファーにもたれかかっていた。
「今日のエリーさん、普段よりももっとつんつんしてましたよねえ……フォローできる範囲だから何とかなりはしましたけど……」
「ああいう貴族の娘とか、そういう類の人間が苦手なのよ。……まあ、前職時代にいろいろとね」
腰に携えた仮面に手を触れて、エリーは苦笑を浮かべる。それはエリーにとっては欠かせない、仕事用具のようなものだった。
一般庶民の中で勇者の顔を知っている者は少ないが、それでも身分がばれる危険性というのは少しばかり存在する。だからこそ、宅配の仕事中にはその仮面をつけるのがエリーの中では落としどころになっているようだ。さっきのように事務所で依頼を受ける時は、気分次第で外すこともあるようだが。
「ああー……貴族の方たちって言っても、良い人から悪い人までたくさんいますもんねえ……」
「そういうこと。奴らの中には外面だけはやたらといいのも多いから、結構強気で行くくらいがちょうどいいのよ。今回は本当にただ善良な箱入り娘って感じだったけどね」
「エリーの威圧に震えあがってたものね……アレはボクでも少し引いたよ」
「ああ、ちなみに言うと俺も震え上がりそうだった」
「コウスケはもう少し慣れなさいよ……ここに来てもうしばらく経つんだから」
自分の身を抱くコウスケに、エリーは呆れたようなため息をつく。勇者という複雑な立場に長い間おかれていたからなのか、コウスケよりも一回りは若いエリーの態度は時々やたらと大人びているように感じられた。こういう時とか、もうどちらが年上なのか分からなくなってきてしまうのだ。
「……そうだな。ここの店長として、せめてもう少しちゃんとしねえと」
「その意気ですよコウスケさん。いざとなれば私も大人になるお手伝いをいたしますからね!」
頬を両手で挟んで気合を入れ直すコウスケをマーシャが前のめりに応援する。その天真爛漫な様子を見て、マーシャの隣に座るランスが軽く肩を竦めた。
「……なんというか、それをマーシャが言うと急にお手伝いの効き目が薄く感じるね。ねえマーシャ、なんでだと思う?」
「なんでそれを本人に聞くんですかあ⁉ これでもあたし、皆の中で一番長く生きてきてるんですからね!」
「あ、これでもって自覚はあったのね……」
ランスの疑問にマーシャは胸を張って抗議の意を表明するが、ぼそりとエリーがつぶやいた言葉によってその威厳がどこかへと消え去る。一瞬にして引っ込みがつかなくなったマーシャは、腰に手を当てて豊かな胸を張ったその姿勢のまま固まっていた。
その様子を見て、コウスケは一人申し訳ない気持ちに苛まれていた。この話題の始まりはコウスケなわけで、マーシャはただその飛び火を食らった形だ。何か助け舟を出さなければと、コウスケは必死に頭を回して――
「マーシャの雰囲気は柔らかいからなあ……エリーの威圧にビビってる感じもないし、大人っちゃあ大人って言ってもいいとは思うんだけど」
「仮にそうだとしてもコウスケのお手本にはならないわよ。マーシャみたいになったコウスケとか、想像するだけでちょっと気持ち悪いわ」
「悪いけどボクも同感だね。三十歳を超えた大人の男性が目指すモデルとして、マーシャを取り上げるのは流石に無理があるよ」
「そうかな……いや、そうだな……」
「諦めが早すぎませんかあ⁉」
マーシャのようになったコウスケの姿を想像したエリーとランスが、揃って苦いもんを食べたかのような表情を浮かべる。コウスケも二人に続いて想像してみたのだが、マーシャのように語尾が時折甘く伸びるのを想像した時点で限界だった。到底三十代の中年がやっていい口調ではない。
「つまり、マーシャはマーシャだけの良さがあるってことで……俺は俺で、別の大人へのなり方を模索するしかないってことか……」
「そりゃそうでしょ。マーシャみたいになんてあたしもなれるわけがないし、ああやっていられるのも一種の才能だと思うわ」
がっくりと肩を落としたコウスケの肩を、エリーは慰めるかのように優しく叩く。コウスケからすればとても身に染みるフォローだったが、それに感化されていたのはコウスケだけではなかった。
「エリーさん……わたしのこと、そう思っててくれたんですねえ⁉」
「まあ、いつも尊敬はしてるわよ。そうじゃなきゃあんなに思い切った態度取れないし」
キラキラと目を輝かせるマーシャの視線に、たまらずエリーは目をそらす。まるで見えない何かに押されてるのかというくらいにのけぞっている彼女の頬は、まるで照れているかのように紅潮していた。
「というか、事実照れてるんだろうな……」
「……コウスケ、何か言った?」
「いや何でも」
隣から飛んできた凄まじい圧力に、コウスケは直前の呟きを瞬時に撤回する。ついでにその話題すらもどこかへ吹き飛ばすべく、コウスケは婚約指輪の乗ったテーブルに軽く手を置くと――
「……さあ、雑談もとりあえずここまでにするとして。この仕事をどうやって完遂するか、考え始めるとしようぜ」
「……ああ、そうだね。この仕事、絶対一筋縄じゃ行かなそうだし」
「そうですよねえ。……それに、絶対に失敗も破損も許されませんしい」
「……ま、一生に一つのものだしね。そこに込められた思いも全部届けなきゃ、運び屋としての名前が廃るってものか」
「おう、その通りだ。……運び屋『オーワ』、始動と行こうじゃねえか」
コウスケの一言で、今までほのぼのとしていた空気が一気に引き締まった仕事モードへと切り替わる。一瞬にして仲間の意識を切り替えるその姿は、十分大人と言ってもいいものだった。
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