第三話『指輪に思いを乗せて』

「婚約指輪、ですか……。これはまた、大事なものを」


「ええ、とてもとても大事なものです。あの人との誓いを形にした、この世の何よりも綺麗なもの。……ですが、それをお渡しする前に戦線は激化してしまって。あの人は今でも、戦火の中を生き抜いているはずです」


「なるほどね……その戦火の中を潜り抜けて依頼人のもとにたどり着き、この指輪を届けるのがボクたちに与えられた役割ってことか」


 依頼人の説明を受け、ランスが今回の仕事を認識する。荷物は指輪、しかし配達先は戦線の一番上。荷物として運ぶのは問題ないが、届ける場所にこそ問題はある。戦線式を行う将に対してお届け物など、流石のコウスケたちでも初めての体験だ。


 これの難しいところはあくまでコウスケたちが私人であることにあり、戦場を駆け抜ければ戦闘を行っている両軍から狙われてしまうところにあると言ってもいいだろう。決して不可能な依頼でも違法性がある依頼でもなかったが、それでもかなりの綱渡りを要求されるモノなのは間違いなかった。


「……ええ、それをお頼みすることになります。難しい話だとは思いますが、その分報酬は弾みましょう。……その指輪は、私のことを迎えに来てくれたあの人へのお礼でもあるのですから」


「迎えに来てくれた……か。どうやら、君にも複雑な事情がありそうだね?」


 意味ありげに目を伏せる依頼人に、ランスは興味深そうな視線を向ける。それが純粋な人間への興味からなっていることは、『オーワ』で働く三人ならばよく知っている事だった。金には無頓着なメンツが揃った四人の中でも、ランスの金への執着のなさは群を抜いているのだ。


 しかし、その事情を依頼人だけは知らない。その質問に対して小さく首肯すると、彼女は頬を赤らめてぽつぽつと語り始めた。


「……私の両親は、貞操に関してとても厳しいお方たちでした。『軍人、それも平民上がりの者など野蛮で信用できない』と、あの方をお母様たちは門前払いしたのです」


「へえ、それは相当極端な例だね……それくらい大事にされてるってことなんだろうな」


「そういうことでしょうね。……ああ、一つ確認するけど、あなたの旦那ってリグアス・ローグで間違いない?」


 ランスの見解に同調しつつ、エリーは一人の名前を唐突に提示する。聞いたことない名前にコウスケは首をかしげたが、それとは対照的に依頼人は驚いたように目を見開いた。


「はい、私の夫はリグアス・ローグ、そして私はサリア・ローグです。……まだ話していなかったのに、どうしてそれが分かったので?」


「平民上がりで軍人として成り上がった男の事なんて、あたしは一人しか知らないわよ。……まあ、巷でちょっと小耳にはさんだくらいだけど」


 依頼人――サリアの疑問に、エリーは目を背けながら歯切れ悪く答える。それを見れば、彼女が名前を知っている理由はコウスケにも何となく理解できた。


 おそらくでしかないが、エリーはリグアスと面識があるのだろう。……なぜならエリーは、『勇者』エリス・アールゼルグとして長い時間を過ごしてきたのだから。それを投げ捨ててからかなり時間が経ってこそいるが、その時の記憶なんて忘れようもないはずだ。彼女にとって、その生き方は切っても切れないものであったのだから。


 だがしかし、そんな説明を間違ってもサリアにするわけにもいかない。勢いあまって問いかけてしまったのは、エリーの悪癖とも言うべきところだった。


「……その抵抗を乗り越えて、お二人は無事結ばれたと。それはとても幸福で、祝福すべきことですね。……まあ、戦火がある今式を挙げることは難しいでしょうが」


「お察しの通りです……。『勇者様さえいればこんな戦場すぐに収まるのだが』と、あの人がしみじみ呟いていたのが印象的でした」


「ふぐ」


 サリアの何気ないエピソードトークが、未だに目を背け続けているエリーに突き刺さる。コウスケとしてはさりげなく話題をそらしたつもりだったのだが、どうやら全くの逆効果に終わってしまったようだ。すぐ近くから飛んでくる非難の視線が痛い。


「まあ、勇者様にも勇者様なりの事情があったのでしょう。どれだけ反対されても貴方と結ばれることを選んだ、貴方の旦那さんのように」


「ええ、そうかもしれませんね。無責任だと勇者様を責める声もありますが、私としてはあの方を――エリス様を責める意図はございませんわ」


 サリアの表明に、エリーが隣で胸をなでおろしているのが分かる。すべてを捨てて逃げだしてきたというような説明をする割には、その責任感までもを下ろせているわけではないのがエリーらしかった。……まあ、隣でこんなに敏感にリアクションをしていてなぜバレないのかというところは置いておくとして。


「ですが、その戦火に巻き込まれてあの人が遠くに行ってしまったのも事実。私の身ではあの場所にたどり着くことはできませんが、せめて私の想いだけでも、この指輪にのせてお届けできればと思うのです」


 胸の前で指輪をぎゅっと握りしめ、サリアはコウスケたち四人を再度ぐるりと見まわす。その眼に宿る光は、箱入り娘のものとは思えないくらいに強い意志を宿していた。


「この指輪、本当に大切なものなんですねえ。……責任重大ですよお?」


「ああ、分かってるさ。……この指輪を、私たちはお預かりすればいいんですね?」


「はい。……私の想いは、全てこの指輪に乗せました」


 最後の確認に、サリアはもう一度大きく頷く。そして、指輪の入ったケースをコウスケたちの方に向かって差し出すと――


「……貴方たちは、王都でも最高の『運び屋』だと聞いています。――その実力に、どうか頼らせてください」


 そう言って、頭を下げたのだった。

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