第二話『今日の依頼人』

「いらっしゃいませ。……お客様は、運び屋『オーワ』に御用があるということで間違いありませんか?」


 ランスが連れてきたのは、豪奢な服装に身を纏った二十代くらいの年若い女性だ。かと言ってその服装が鼻につくことはなく、上手く着こなしているように思える。それをひけらかしているような雰囲気も感じられないし、どこかの貴族の箱入り娘だといったところだろうか。


 非礼があってはいけないと、コウスケは深々とお辞儀をしてお客様を出迎える。日本にいたころは接客など縁がなかったが、この二年間でこの仕草にもすっかり慣れたものだった。


「はい、貴方たちの噂を聞いて私はやってきました。『どんな荷物でも、どんな事情でも。それが依頼であるならば、責任をもって目的地にまでお届けする』――それが、貴方たちなのでしょう?」


「ええ、その通りよ。まあ、持ってるだけで犯罪になりかねないようなものに関しては依頼契約をする前に取り押さえさせてもらうんだけど」


 女性の質問に答えたのは、コウスケではなくその隣に腰かけるエリーだ。身長の割には長い足を組んで堂々と答えるその姿は、どちらがここの最高責任者なのか分からなくなってしまうくらいには様になっていた。


 そして、エリーはその役割を放棄したとはいえ元勇者。言葉の重みはそこら辺に居そうなくたびれた三十代のオッサンとは格が違う。明らかに怪しい客が来たときなんかは世話になることも多いのだが、一般客に対してはそれが威圧のように感じてしまうらしい。現に今、エリーの言葉を受けた女性は小さく身震いしていた。


「あ、あの……私……」


 よほど凄みを感じたのか、さっきまでの静かながらも堂々とした姿は影をひそめてしまっている。やりすぎたかと表情を歪めるエリーの肩を軽く叩くと、マーシャがすっと女性の前に進み出た。


「まあまあ、そんな物騒なことを言わないでくださいよお。待っててくださいね、今お茶をお持ちしますから」


 優しく女性の手を握り、マーシャは女性に呼びかける。その柔らかい声色のおかげもあってか、少しは女性も気が楽になったようだった。


 運び屋『オーワ』の従業員の中で、対人性能が一番高いのは間違いなくマーシャだろう。老若男女問わず誰とでもすぐに打ち解けることができるのもあってか、買い物をすれば大体何かおまけを持ってくる。その分立ち話などで時間がかかってしまうのはご愛敬と言った感じではあったが、それを差し引いても買い物上手の称号はマーシャが独り占めしているのが現状だった。


 そしてそれは、客への対応においても存分に発揮されている。エリーの威圧が聞きすぎてしまった時、それをたしなめるのはいつだってマーシャの役目だ。


「……ええ、ありがとう……。貴方は、優しいのね」


「エリーさんだって優しいですよお。ただちょっと責任感が強いだけで、こんな風になるのは別にあなたを怪しんでるからじゃないんですよ?」


 お茶くみのための道具を準備しながら、マーシャはしっかりと女性の勘違いを修正する。物腰が柔らかいのは間違いないが、しかしそれは流されやすいということではないのだ。彼女の中には、しっかり譲れない芯がある。


「他のおふたりだってそうです。ちゃんと貴方の話を聞いてくれますし、出来る限りその願いを叶えようってしてくれるはずですよ。……ここにいる皆、出来ることなら貴方の願いを叶えたいって思ってるんですから」


「そうよ。……まあ、警戒しすぎたのは謝るけど」


 マーシャの言葉に乗っかって、エリーは小さく頭を下げる。中々素直じゃない性格ではあれ、自分に非があると認めれば素直に頭を下げるのは彼女の美徳と言って良かった。


「ここの主である私が言うのもなんですが、こいつらは皆優秀な従業員です。少し癖が強い部分はありますが、運び屋を頼りたいならここ以上の場所はない。……それだけは、お約束しますよ」


 エリーの謝罪を受けて女性の表情が少し緩んだのを見逃さず、コウスケは畳みかけるようにして営業トークを展開する。日本にいたころは口下手だと思っていたものだが、それも気が付けばずいぶんと改善されてきたものだった。


 運び屋というのは珍しい職業ではあるが、同業他社が居ないわけではない。コウスケたちの姿を実際に見て失望したのなら、それを引き留めるすべはもう持ち合わせがないのだが――


「……ええ、貴方たちならば信用してよさそうですね。誰の目にも触れることなく、ここまで抜け出してきた甲斐がありました」


「そう言っていただけて何よりです。……して、運んでほしい荷物というのは?」


 依頼人の決意が固まったところで、すかさずコウスケは話を前に進めていく。敗走には時間制限がある時もあるし、話しを急ぐに越したことはないというのがコウスケの経験則だった。


「ええ、その話をしなければいけませんね。と言っても、そんなに大きなものをお頼みするのではございません。私が運んでほしいのは、これ――」


 そういうと、女性は手に持っていたカバンから一つのケースを取り出す。五センチ四方程度の四角形をしたそれには、コウスケにも見覚えがあった。


 それは、日本でコウスケについぞ縁がなかったものだ。愛し合う二人の絆が永遠であるという誓いを込めた、大切なアクセサリー。一番肌身離さず付けていられる、小さな、でも確かな愛の証。


「……この婚約指輪を、お届けしてほしいのです。今もなお戦線で戦っているのであろう、あのお方に」


――小さな装飾が施された指輪をコウスケたちに見せ、依頼人の女性はそう告げた。

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