目を疑う
まるで目の前に雷が落ちたかのような顔は、自らの言葉によって引き出された。にも関わらず、自分は彼の表情の訳を訊いてしまう。
「どうしたんだよ」
彼は、肌着で鉢合わせたようなバツの悪さを湛えて黙りながらも、間もなく口を開いた。
「まぁ……」
相手を転ばせる事を念頭に置いた扇動的な言葉使いは影を潜め、年相応のよそよそしさが垣間見える。
「これは、たぶん。いや、でも」
頭での複雑なやりとりで起こる熱を口から排熱をする。それは一見、ブツブツと意味をなさない独り言を吐いているようだった。
「わかりました」
口元に勝算の一端を見た。そして、Q&Aを成立させる為に、息が吸われる。
「あなたが云ったとおり、ぼくは消せるんです。この手一つで」
自分ですら何故、あのような事を言ったのか把捉していないのに、彼に同調されるとより混迷を極めた。
「見せてあげましょうか?」
彼が再び棚の商品に手を伸ばした為、叱責に近い怒声を放ち、手首を取って静止させる。
「やめなさい」
「触るんですね」
「店の物をほいほい消されても困るんだよ」
この店に勤める者として、当然の事を言ったつもりでも、起きようとしていた事象は、荒唐無稽な話である。
「あれも、これも、一つ消えたところで皆んな気付かない。物の価値なんて朧げではっきりしないのに、どうして止めるんですか?」
諦観のこもった眼差しに心を奪われた。
「今日、何時に家へ帰りますか?」
つかぬ問いに自分は馬鹿正直に答えてしまう。
「十八時だよ。どうして?」
「目の前で見せてあげますよ、じっくりと。だから、ここじゃないどこか。人目の無いどこか」
わなわなと筆舌に尽くし難い興奮を彼の手がまさぐった。煮えた秘め事であることは、十二分伝わってくる。彼が所望する、人目の無い場所は簡単に見つかったものの、片手に手錠を掛けるような、めくるめく道中案内だった。
「狭いですね、それに臭います。あなたの部屋」
「なら、そこに溜まったゴミ袋を消してみてくれ。よく、見ててやる」
彼は鼻を摘まむ代わりに腕を当てる。台所の床に山と積まれたゴミ袋の尾根で、半ば不貞腐れながら、分別のないゴミ袋の下腹をつねった。えらくぶっきらぼうな山崩しは、誰の目から見ても瓦解は必至で、小さな彼の身体が生き埋められた。結び目の緩んだゴミ袋の口から、食虫植物を思わせる悪臭が漏れ出して、雪崩れたゴミ袋の山から彼が脱出する。
「本当にひどすぎる」
こめかみに青筋を立てて、ゴミ袋に次から次へと触れていく。すると、稚拙な映像技術を見せられているかのように、ゴミ袋は姿を消していき、雑然とした台所が綺麗さっぱりに掃除された。
「ハウスキーパーやらない?」
茶化して咀嚼する以外に目の前の現象を受け入れられなかった。
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