なぜこんな事に…~ネイサン視点~

「おい、ネイサン!いつまで寝ているのだ。朝の稽古を始めるぞ!」


ネイールの叔父上の家に来てから、毎日朝5時にたたき起こされ、稽古をさせられる。そう、みっちり2時間、騎士団と同じ稽古をさせられるのだ。それも騎士団長まで勤め上げた叔父上直々に稽古を付けられるため、本当に死にそうなくらいきついのだ。


「おい、ネイサン、誰が休んでいいと言った。罰として腹筋100回追加だ!さっさとしろ」


少しでも僕が休憩をしようとすと、竹刀を振り回し、鬼の様な恐ろしい顔で僕を怒鳴りつける。やっと朝の厳しい稽古が終わると、朝食を食べ、貴族学院へと向かう。


この時間が、僕の唯一の安らぎの時間だ。一応僕は廃嫡されたが、ネイールの叔父上の養子に入ったため、今は公爵令息だ。それなりに身分は高い。それなのに…


学院に行っても、皆が僕を残念な者を見る目で見る。そして、修道院に送ったはずのカミラまで戻って来ていた。僕はカミラを見た瞬間、怒りがこみ上げ


「どうして君が学院にいるのだ!まさか修道院から抜け出してきたのか?」


と、怒鳴りつけた。もしそうなら、一刻も早く修道院に戻さないと。そう思ったのだが…


「何をおっしゃられているのかと思えば…ジェシカ様が私を修道院から出してくれる様、ダスディー侯爵に働きかけて下さったのです。それにしても、あなた様は本当にどうしようもない人ですね。本当に情けない…もう二度と私に話しかけないで下さい。迷惑ですので」


満面の笑みを浮かべ、そう吐き捨てると、さっさとどこかに行ってしまった。何なんだあの女!そもそも僕は、あの女のせいで評判が下がったんだぞ。それに、ジェシカにも嫌われたんだ。


それなのにあの女は!


一言文句を言ってやろうと思ったが、なぜかあの女、アンネ譲と仲良くなった様で、事あるごとに一緒にいる。本当に何なんだよ!


授業が終わり、本来なら家路につくのだが…


どうしても帰りたくなくて、学院で時間を潰す。それでも夕方になると、家に帰らないといけない。


重い足取りで家に帰ると、怖い顔をした叔父上が待っていた。


「ネイサン、お前は今の今まで何をしていたのだ!まあいい、お前がサボっていた分、寝ずに勉強をしてもらうからな」


ニヤリと笑った叔父上。本当にこの人は悪魔だ。そう、学院から帰ったら僕は、次期公爵になる為の勉強をさせられているのだ。さらに、少しでも護衛騎士やメイドに暴言を吐いたら、叔父上から叱責を受ける。


そのせいで、僕はメイドや護衛騎士たちにすら気を遣わないといけないという、地獄の様な生活を送っているのだ。


その日の夜も、遅くまで叔父上監視の元、勉強をさせられた。


それなのに翌日、また朝の5時にたたき起こされる。ここに来てまだ1週間もたっていないが、既に死にそうだ。それでもなんとか稽古を終えた。


今日は貴族学院が休みだ。少し休憩をしよう。そう思っていると、メイドが呼びに来た。どうやら叔父上が僕を呼んでいる様だ。一体何なんだよ。少しくらい休憩させてくれよ。


でも、もしいかなければ、また叱責を受けるだろう。重い体を必死に動かし、叔父上の元へと向かった。


「叔父上、お呼びですか?」


部屋に入るとそこには、見覚えのある男が…


「お…お前はジェシカの元従者のヴァンとかいう男じゃないか。どうしてここにいるんだ、元ファレソン侯爵が始末したはずでは…」


間違いない、この男はジェシカの元従者だ。高価な服を着ているが間違いない。


「コラ、ネイサン。このお方は、エルピス王国の第二王子、ヴァンビーノ殿下だぞ。言葉を慎め!」


すかさず叔父上が僕を怒鳴りつけた。え…エルビス王国?ヴァンビーノ殿下?

言っている意味がさっぱり分からない。


「いいのですよ、公爵。確かに私は、ジェシカの元従者で、あなたの指示で侯爵に殺されかけましたヴァンです。この国では、気に入らない人物をすぐに始末する野蛮な国なのですね。いやぁ、恐ろしい国だ」


「いえ、ヴァンビーノ殿下、そのような事は決してありません。本当にこの度は、ネイサンと元ファレソン侯爵がとんでもない事をして、申し訳ございませんでした」


そう言って叔父上が頭を下げている。


「ええ、分かっていますよ。言ってみただけです。実は近々、ジェシカが旅に出る事になりまして。もちろん、彼女と一緒に私もこの国を出る予定です。それで、最後にネイサン殿にご挨拶をと思いまして」


「何だって、ジェシカはまだこの国にいるのかい?それなら僕も…」


「ネイサン殿、ご自分のお立場をわかっていらっしゃいますか?ジェシカはいずれ私と結婚する予定なのです。これ以上たわごとを言うのはお止めください。そうそう、あなた様がジェシカに行った数々の仕打ち、さらにギュリネイ男爵との関係、護衛騎士やメイドたちへの暴言などをまとめたので、是非ネイール公爵に見て欲しくて」


そう言うと、大量の資料と機械を叔父上に渡した。


「ヴァンビーノ殿下、この度は本当にネイサンが申し訳ございませんでした。どうかジェシカ嬢にもくれぐれもよろしくとお伝え下さい」


「ええ、伝えさせていただきます。では、私はこれで失礼いたします」


そう言うと、ジェシカの元従者が席を立った。


「待て!お前、やっぱり僕からジェシカを奪ったんじゃないか。そもそも、ジェシカと旅に出るのは僕だ!僕も連れていけ」


この男、死んだふりなんてしやがって、裏でちゃっかりジェシカを手に入れていたのだな。そう思ったら、自分が抑えられなくなっていた。


「おい、ネイサン、お前は何を言っているのだ。本当に申し訳ございません」


「いいえ、別に私は構いませんよ。ただ…」


ゆっくりと僕の方に元従者が近づいてくる。


「ジェシカは私のものだ。もう二度と、彼女の名前を口にするな。もし口にしたら、お前の喉を切り裂いてやるからな」


恐ろしいほどの笑みを向け、そう呟いたのだ。その瞳は、真剣そのもの。こいつ、めちゃくちゃ恐ろしい奴じゃないか…


恐怖からその場を動く事が出来ず、固まってしまう。その間に、あの男は去って行った。


数日後、再び叔父上に呼び出された。今度は一体何なのだろう…正直嫌な予感しかしない。


部屋に入ると、叔母上とさらに、茶色い髪にオレンジ色の瞳をした女性が立っていた。この人は確か…


「ネイサン、お前の新しい婚約者を連れてきたぞ。私の妻の姪の、リリア・クリスティーンだ」


叔母上の姪だって…リリア・クリスティーンだって…


彼女は確か女騎士で、18歳という若さで女性で初めて副騎士団長にまで上りつめた女性だと聞いている。非常に勇ましく、そこら辺の男性騎士よりずっと強いとも…


あまりにも強すぎるため、嫁の貰い手が見つからず、23歳の今でもまだ独身なのだとか…

ちなみにこの国では、貴族は令嬢も令息も17歳~20歳までに結婚するのが一般的だ。


そんな恐ろしい令嬢と僕が、結婚だって?


「リリア・クリスティーンです。ネイサン様、あなた様の評判は聞いておりますわ。私があなた様の腐りきった根性を叩き直して差し上げますので、覚悟してくださいね」


にっこり笑ったリリア嬢。これは間違いなく…


「い…イヤだ…それだけはイヤだ…助けてくれ。ジェシカ…ジェシカ!」


かつての婚約者の名前を呼びながら、必死に逃げようとするが


「ネイサン様、どこに行かれるのですか?私という新しい婚約者がいながら、別の令嬢の名前を呼ぶなんて。これは厳しいお仕置きが必要ですね」


僕を簡単に捕まえると、そんな恐ろしい事を呟くリリア嬢。


どうやら僕の本当の地獄は、これから始まる様だ…

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