第29話 今度はピクニックです
街に出た翌日、この日は近くの森にピクニックに行くらしい。正直昨日の件で、ネイサン様とは出かけたくはない。
本当にあの男はどうしようもない男なのだ。今日もまた暴走したらどうしよう。そう思ったのだが、よく考えたら今日行くのは森。きっと人がほとんどいないだろうから、昨日みたいに罪もない領民を怒鳴り散らすことはしないだろう。
それでも一抹の不安を抱きながら、今日も水色のワンピースに着替え、馬車に乗り込んだ。今日は王宮の馬車の様で、ネイサン様もご機嫌だ。
しばらく走ると、大きな森に入った。
「ここの森は色々な動物がいるんだ。せっかくだから、僕が動物を仕留めて、君に美しい毛皮をプレゼントするよ」
えっ…動物を仕留めるですって?ピクニックじゃないの?
「あの…ネイサン様。今日はピクニックとお伺いしたのですが…」
「ああ、もちろんピクニックも楽しむよ。でも、せっかく森に来たのだから、狩りも楽しまないとね」
どうやらピクニック兼、狩りの様だ。なんだか嫌な予感がして来た。
しばらく走ると、開けた場所で停まった。目の前には大きな湖がある。馬車から降り、湖に近づく。
水が透き通っていて、とても綺麗だ。近くには綺麗な花々も咲いている。
「ネイサン様、せっかくなので、この近くを散歩しませんか?あそこにお花畑もありますし」
「別にいいよ。それじゃあ行こうか」
ネイサン様と一緒に、散策を始めた。まずはお花畑だ。
「ネイサン様、このお花、とても綺麗ですわね。光の加減で虹色になるなんて、珍しいですわ。なんていうお花なのでしょう?」
「さあ、僕はあまり詳しくないから分からないな」
明らかにつまらなそうにネイサン様が答えた。どうやらこの男は、あまりお花に興味がない様だ。そういえば中庭に行っても、自分の話ばかりしてお花はほとんど見なかったわね。
「ジェシカ様、このお花は、ケシェトという名前で、光の加減で虹に見えるのです。非常に珍しい花で、この地方にしか咲いていないのですよ」
近くにいた執事が説明してくれた。
「ありがとう、そんなに珍しい花なのね」
「そんなに珍しい花なのか。それなら摘んでいくといい」
そう言うと、何を思ったのかネイサン様が、ブチブチと引きちぎる様にしてお花を摘み始めたのだ。
「ネイサン様、そんなに乱暴に摘んだら、お花が可哀そうですわ」
そう伝えたのだが、お構いなしに摘んでいく。でも…
「あれ、虹色に光らなくなったぞ」
「殿下、そのお花は、根っこ事取らないと虹色の光を失ってしまうのです」
執事が大慌てで説明している。
「そういう大事な事は早く言えよ。それじゃあ、この花はもういらないね」
そう言うと、その場に摘んだお花をポイっと捨ててしまった。なんだかお花が可哀そうだ。もうダメかもしれないが、穴を掘って土に埋めた。もしかしたら切ったところから、根が出るかもしれないと思ったのだ。
そんな私を見た執事が
「ジェシカ様は本当にお優しいのですね。実はこのお花、生命力が強いので、枝からちぎってもこうやって土に戻してやると、また根が付くのですよ」
そう教えてくれた。そうか、私のやった事は、無駄ではなかったのね。よかったわ。
「さあ、ジェシカ、そろそろお昼にしよう。それに湖で手を洗ってくるといい。手が泥だらけだからね」
誰のせいで手に土がついたと思っているのよ!そう言いたいが、素直に湖で手を洗った。
「午前中は君に付き合ったのだから、午後は僕に付き合ってね。この森は、色々な動物がいるんだ。だから、午後からは狩りをしようと思っている」
「あの…私は狩りは出来ませんわ」
この国では狩りは男性がするものだ。それに、むやみに動物を殺めるだなんて、ちょっと気が引ける。
「君は見ているだけでいいんだよ。僕がカッコよく仕留めるからね」
なるほど、どうやら自分が狩りがしたいだけの様だ。仕方なく食後、狩りについていく。本来は馬に乗りながらするらしいが、今回は私がいるため歩きで狩りを行うらしい。
しばらく森に進むと、可愛らしいウサギがいた。
「よし、ウサギがいるぞ」
すかさず弓をひくネイサン様。ちょっと、あんな可愛いウサギを狙うなんて。お願い、ウサギさん、逃げて!
「クソ、外した」
私の願いが通じた様で、ネイサン様の放った弓は、ウサギには当たらなかった。その後も色々な動物を狙うが、ことごとく外すネイサン様。どうやらネイサン様は、狩りが猛烈に下手な様だ。
「クソ、どいつもこいつも逃げやがって。そうだ、馬に乗っていないからいけないんだ」
しまいには馬のせいにしだした。
「ジェシカ、こんなはずではないんだ。必ず仕留めるから。もっと奥に行こう」
私の手を引き、どんどん奥へと進んでいく。
「殿下、お待ちください。あまり奥に行くと、狼やクマがおります」
後ろで執事が叫んでいるが、お構いなしにどんどん進んでいく。その時だった。
目の前に大きなクマが現れたのだ。お腹を空かせているのか、口からよだれが出ている。
「うわぁぁぁ、クマだ!!!」
あまりの大きさと迫力に、私は腰を抜かしてしまい、その場を動く事が出来ない。そんな私を見捨てて、物凄い勢いで逃げていくネイサン様。
「ネイサン様、お待ちください。どうかお助けを!!」
そう必死に叫んだが、あっという間に姿が見えなくなってしまった。ちょっと、こんなところに1人にしないでよ。
恐怖から足がすくんで動かない。そんな私に襲い掛かって来るクマ。もうダメ!そう思って目をつぶった時だった。
「ぐわぁぁぁ」
クマの悲鳴が聞こえて来たのだ。ゆっくり目を開けると、クマが矢に射抜かれて倒れていた。
「ジェシカ様!!」
護衛騎士とネイサン様の執事が、血相を変えて飛んできた。
「ジェシカ様、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。それよりこのクマ、あなた達が仕留めてくれたのね。ありがとう」
「…いいえ…私たちではございません」
「え?それじゃあ誰が?」
辺りを見渡したが、誰もいない。
「まさか殿下…の訳ないですね。何はともあれ、ご無事でよかったです」
そう言ってほっと胸をなでおろすネイサン様の執事。その後は腰が抜けた私を、護衛騎士が抱きかかえ、馬車まで連れて行ってくれた。
馬車に戻ると、一足先に戻っていたネイサン様が待っていた。
この男、婚約者を置いて我先に逃げるなんて…
昨日の領民への暴言といい、今日の出来事といい、本当に最低ね…
今回の出来事で、尚更彼を嫌いになった事は、言うまでもない。
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