第14話 私の気持ち

カミラ様が修道院に旅立ってから、1ヶ月が過ぎた。彼女との約束を果たすため、あのにっくき男、ネイサン様にどうやって好かれればいいのか、そしてどうやって婚約破棄に持って行こうか悩んでいたのだが…


「やあ、僕の可愛いジェシカ。今日は一緒にお茶をしよう」


「ジェシカ、今度王宮に遊びに来て。君の為に、王宮の素晴らしい中庭を案内するよ」


と、私に事あるごとに絡んでくるようになった。あれほどまでに私に興味がなかったくせに、一体何をどうしたらこんな状況になったのか、さっぱり分からない。


ただ1つ言える事は、今ネイサン様は必死だという事だ。実はカミラ様が起こした事件をきっかけに、ネイサン様は陛下から叱責を受けたらしい。


一方的に婚約者を疑い、貴族学院の先生に暴言を吐き、ただでさえ忙しい王宮鑑定士まで駆り出したのだ。その上あれほどカミラ様を愛していると公言していたにもかかわらず、自分の都合が悪くなると、ころりと態度を変えカミラ様を切り捨てた点。状況を理解せず、感情に任せカミラ様を極刑にしろと訴えた点などなど。


あまりにも低能な行動に、さすがの貴族たちもドン引き。中には“あのような方が王太子殿下で、この国も未来は大丈夫か?”と心配する貴族まで現れたらしい。


その為、陛下からは“お前が今回の事件を心の底から反省し、悔い改めなければ王太子の座を弟のネリソンに譲るからな!”そう言われたらしい。


ネリソン殿下は私たちよりも1学年下の貴族学院1年。陛下の側室が産んだ子ではあるが、非常に優秀で、優しく聡明だと聞く。私としては彼が王位についた方が、この国には良いような気がするが…


ちなみになぜか私の評判は今回の件でうなぎ登り。私を陥れようとしたカミラ様を庇い、減刑を求めた事が貴族の心に響いた様だ。そしてなぜかお父様の評判まで上がった事は、正直気に入らない。


そんな私に取り入ろうと、ネイサン様は必死なのだろう。今日もネイサン様に放課後お茶に付き合わされ、やっと屋敷に帰って来た。


「は~、今日も疲れたわ」


ぐったりとベッドに横たわる私に、お茶を出してくれるのはヴァンだ。


「お嬢様、随分とお疲れですね。大丈夫ですか?最近殿下にかなり絡まれている様ですが…」


「ええ、なんとか無事よ。ただ、やっぱり私、あの男が苦手だわ。いつの間にか自分の自慢話になるのですもの。“僕は子供の頃から優秀で家庭教師の先生に褒められていた”だの、“僕は誰にでも優しくて皆から好かれているはずなのに、カミラに騙されたせいで信頼を失った”だの“ネリソンより僕の方が国王にはふさわしい。ネリソンには国王なんて絶対に務まらない”だの。本当に自分が大好きなのよね、あの男」


ついヴァンに愚痴ってしまう。そもそもあの男、今回の事件で何一つ反省なんてしていない。すべて、カミラ様が悪いと思っているのだ。本当にどうしようもない男だわ!


「それは大変でしたね。お嬢様、このままいけばお嬢様は間違いなく、殿下と結婚させられますよ。陛下も王妃様も今回の件で、地の底まで落ちた殿下の名誉回復に必死の様ですし。人気急上昇のお嬢様を利用しない手はありませんからね」


にっこり笑って、そんな恐ろしい事を言うヴァン。


「それに、お嬢様に関する監視も厳しくなるでしょう。お嬢様は気が付いていないでしょうが、侯爵家の周りには既に王家の護衛騎士がお嬢様を護衛するために張り付いています。そのため、侯爵家から逃げ出して隣国へ出るという方法も厳しくなりました」


「まあ、そうなの?それにしてもヴァン。あなた本当に何でも知っているのね。確かにネイサン様の評判が地に落ちた今、王家としても私を失う訳にはいかないでしょうね…私ってもしかして、自分の首を自分で絞めてしまったのかしら…」


私、一体何をしているのだろう。自分のバカさ加減に、うんざりだ。


「そんなに落ち込まないで下さい」


そう言って私の頭を撫でてくれるヴァン。大きくて温かい手。この手に触れられると、なんだか落ち着く。今はヴァンがいてくれるから、きっと私は今の状況でもなんとか耐えられているのだろう。


この大きくて温かい手を、失いたくはない。そんな思いが、私の心を支配する。


「さあ、お嬢様。そろそろ夕食にしましょう。今食事を運んできますね」


すっと手が私から離れる。あぁ…温もりが…

もっと触れていて欲しい。そんな気持ちで溢れ出しそうになるのを必死に堪えた。だってヴァンにとって、私はただの雇い主の娘でしかないのだから…


分かっていても、なぜか胸が痛い。…私、前世の記憶が戻った時から、きっとヴァンが好きのだろう。ずっと私の傍にいて、心身共に私を支え続けてくれているヴァンを…


それでも今は、気持ちを伝える事なんてできない。もし気持ちを伝えたら、ヴァンは私の傍を離れていくかもしれないし、何より私には仮にも婚約者がいるのだ。ヴァンに気持ちを伝えてしまったら、私はネイサン様と同じ土俵に立ったことになる。そんな事はしたくない。


だからこの気持ちは、封印しよう。そう心に誓った。

でもいつか、全て問題が解決したら、ヴァンに気持ちを伝えられたらいいな。

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