伝説の『つきのいし』

KeeA

「これは、伝説の『つきのいし』だ。100万でどうだ」

 急に話し掛けられ、差し出されたのが道端に転がっていそうな、どこにでもあるような石だった。少なくとも、自分にはそう見える。


 ……うん、聞かなかったことにしよう。


「え? あっ、おい! ちょっと待て! そりゃ無いぜ、目が合ったのに無視するのは! おい! このまたとないチャンスを逃すのか?! 伝説の『つきのいし』だぞ!! そんなんじゃあ、この先もチャンスを逃し続けるぞ! おいったら!!」


 背を向けてその場を立ち去ると、ものすごい声量で呼び止められた。うるせえ。

 一つ文句でも言ってやろうと振り返った。


「今何時だと思ってんですか。あんまり騒ぐと警察呼びますけど」


 すると、「警察」という言葉に反応したのか、顔の前でばたばたと両手を振り出し、先ほどの罵声とは打って変わってしおらしく返した。


「いや、いやいやいや。怪しい者じゃないんだ。静かにするから警察は勘弁してくれ」

「………………」


 星は見えず、あまり光を放たない三日月が真っ黒な空にそびえ、外灯だけが頼りの、住宅街の暗い夜道。うっすらと浮かび上がるその人の顔は、いくら暗くて影になっているとはいえ、あまりにも不健康そうなものだった。加えて、全身真っ黒な服のせいで非常に怪しく見える。ただ、その眼は気味が悪いくらい爛々と輝いていた。


「そもそもそんな大金、持っているように見えます?」


 てっぺんからつま先まで舐めまわすように観察される。


「見えないな」

「じゃあなんで声掛けたんですか。普通、払ってくれそうな人に声掛けるでしょう。誰彼構わず声を掛けるのがあなたの商売の仕方なんですか?」


 黒衣の人物は目玉が飛び出そうなほど目を見開いた。……いや、実際にちょっと飛び出している。軽くホラーだ。


「商売? 商売だなんてとんでもない! 麿まろはただ、この伝説の『つきのいし』をしかるべき人に届けたいだけだ。しかしだな、麿にも生活というものがあってだな……」

「そういうのを商売って言うんですよ」

「ぐぅ……」


 簡単に論破してしまった。ぐうの音も出ないようだ。……いや、「ぐぅ」とは言ったか。

 

「分かった。金が無いなら1万に負けてやる。どうだ」


 いや、どうだと言われても。こちとら一銭も払うつもりはない。


「結構です。さようなら」

「あぁあぁ待てって、な? 少しだけでもいいから聞いてくれよ。この伝説の『つきのいし』を持っているとな、良いことが起こるんだ。……『つき』だけにな!」

「はあ。じゃあ、あなたが持っていればいいじゃないですか。見たところ、お金に困っているほど運がなさそうですし」

「いやいや、そういう訳には行かないんだ。何せ、この伝説の『つきのいし』は、あんたさんを選んだんだ」


 そんな魔女の帽子が魔法使いを選ぶみたいな話本当に存在するわけあるか。


「あ、今、『そんな話本当なわけあるか』って思っただろ! ふふん。実は麿、人の心を読むのが得意なのさ」


 聞いてもいないのにべらべらと良く喋る口だな。


 それにしても、伝説、伝説と言う割には100万しかしないのが逆に怪しい。こういうものは、もっと値が張ると思うのだが。まあ、本当はただの石ころなら話は別だが。しかも、あっさりと値引きをしてくれたことで、より怪しさを感じる。


「そもそも伝説って、どんな伝説があるんですか、一体」

「それはこの伝説の『つきのいし』しか知らない。麿はただの運び屋に過ぎない」


 この石しか知らない? さっきも、石が人を選ぶというようなことを言っていたし……それではまるでこの石ころが意識を持っているような言い方だ。ますます謎が深まるばかりだった。


 よほど理解しがたい表情をしていたのか、黒づくめの人物はものすごい剣幕で、


「ああ、じゃあもういい! 持ってけ、持ってけ! 金は要らん!」


 突然手のひらを返したようにそう言い、思っていたよりも強い力で手を掴まれ、石ころを握らされた。そして立ち上がり、今度は肩を掴まれて背を向けさせられた。


「ほら、もう行け!」


 どん、と背中を手で押され、危うく転びそうになる。


「ちょっと――」


 しかし、振り返ると、そこには誰もいなかった。

 ……もしや今までの出来事は全部夢だったのか?


 だが、何かを握っていることに気が付き、そっと手を開いた。石がそこにあった。

 ……いや、この石もその辺で自分が無意識のうちに拾ったんだ、きっと。


 よほど疲れているようなのでさっさと家に帰って休もうと思い、歩を進めようとした。奇妙なことに、行く先は見慣れた住宅街の道では無かった。

 前方に、まん丸い月が見える。しかもかなり大きい。月が大きく見えると、地球との距離が近いと聞いたことがある。だが、この月の大きさは


 あれ? 今日は満月だったか?


 突然、頭の中で声が響いた。


『チガウ……オマエジャアナイ……』


 そこで意識が途切れた。













「あれ?」


 はっと気が付き、あたりを見回すと、見慣れた住宅街だった。どうやら、その道路の真ん中で突っ立っていたらしい。


「いつの間にこんなところまで……寝ながら歩いていたのかな。はあ、疲れてんのかな……」


 溜息を吐きながら足元に転がっていた石ころを蹴り飛ばし、帰路に就いた。

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